『チェンソーマン』ブラック職場としての公安、社畜としてのコベニちゃん

藤本タツキと沙村広明の対談記事に面白いことが書いてあった。

僕は読み切りを描く時は大体怒りで…。例えば、今ネット上で怒っている人が多いじゃないですか。そういう人たちって、Twitterとかで発散できていると思うんですけど、僕は自分の怒りなどをTwitterとかに書く気が知れなくて。漫画にぶつけているんですね。

チェンソーマンにぶつけられた怒りとは

対談記事の内容を考えると、チェンソーマンにも何かしら表現したい「怒り」が埋め込まれていると考えられる。

仕事中にチェンソーマンについてひたすら考えていた結果、「労働問題への怒りというのは大なり小なりあるんじゃないか」という気がしてきた。公安とコベニについて思ったことをまとめておく。

登場人物の労働観

チェンソーマンのテーマとして、労働観というのは見過ごせないと思う。表に出ている「支配/被支配」というテーマ自体、労働と密接に関わっている。

公安は崇高な使命を掲げてはいるものの、言ってしまえばブラックな職場だろう。何しろメンバーがどんどん死んでいくのだ。だから多くのキャラクターが仕事の辞め時を考えている。辞職を告げる人物たちに後ろめたさというのは無さそうで、「労働環境が異常ならさっさと離れるのは賢明な態度」という作者のメッセージも読み取れる。

無謀を自覚しながらも銃の悪魔討伐を目指す早川アキに、黒瀬はいう

「もうちょっと自分を客観的に見た方がいいですよ」

姫野の手紙にも「どうやったら早川が辞めてくれるのか」という悩みまでつづられていた。

公安は悪魔と戦う正義の組織なハズなのにブラック企業のように描写されており、そこで働く人間は正常でないという扱いなのである。

復讐を誓う早川アキや、以前の暮らしが劣悪すぎて公安での日々が天国に見えてしまうデンジなど、考えてみればまともな労働観で生きていない。

コベニの労働観

そんな中で異彩を放つのがコベニである。ビクビクしていて、挙動不審で、多くの読者が「真っ先に死にそう」と思ったのではないだろうか。そんな彼女が最後まで生きて、11巻でデンジと会話をしたことには重要な意味があったように思う。

彼女は、9人兄弟の家庭出身であり、経済的に苦しかったようだ。彼女が公安に勤めていた経緯はなかなかひどい。

親が優秀な兄だけは大学に行かせたいからって私に働かせたんですう~
風俗かデビルハンターしか選択肢なかったんですう~
私も大学行きたかったんですう~

最終巻で、家族との連絡を禁止されたコベニは、「離れる理由できてよかった」と口にする。いわゆる毒親というやつだったのだろう。

車を買ったときも「家族の送り迎えもできるし…」と述べており、毒親の命令で買わされた面もあったのではないだろうか。(※)

そんなコベニは、あからさまに「お金のために働く」キャラクターである。完全に外発的動機によって働いており、労働に自己実現等を求めていない。

「人のお金で飲むお酒が一番おいしいですね!」
「どうして公安に残ったんだ」「もうすぐボーナスが出るので」

twitterなどを見ていると、「労働なんて結局お金のためにやっているだけ」というスタンスの人間は少なくないように見える。そういう労働観の人間を代表しているような部分があるのではないだろうか。

そんな、公安の職務にモチベーションもなく、人間と悪魔との対立においても圏外にいるようなキャラがなぜ最終巻まで生き延び、登場し続けたのか。彼女には、デンジに気づきを与える役割があったからだ。

デンジ「これから生き延びれても俺はきっと…犬みてえに誰かの言いなりになって暮らしていくんだろうな」
コベニ「それが普通でしょ?ヤなことがない人生なんて…夢の中だけでしょ……」

コベニは仕事で嫌な思いをするのは「普通」であるとデンジに告げる。ここで、デンジは自分が追い求めていた「普通」ってそんなものだったのかと衝撃を受けるのである。

そしてデンジは「自分は普通になりたかったんじゃない、チェンソーマンになりたかったんだ」と気づく。ここでの「チェンソーマン」が意味するのは色々な人にモテたり褒められたりする存在を指している。

つまりこのシーンは、本作に含まれているであろう労働観というテーマを軸にしてみるなら、誰かの言いなりでしか生きていけない自分を脱出して、自己実現したいのだと気付いたシーンなのだ。

ラストシーン、デンジは高校生になり、趣味で悪魔を殺しているとウワサされる。この二つはそれぞれが重要な要素である。

高校生になったのは「自分には教養がないからと開き直るのをやめた」からだ。自分の人生の判断を他人に預けることを辞めたということでもある。そして、趣味で悪魔を殺しているというのは、仕事として給料や生活のために悪魔を殺すこととは大きく違う。人々を守り、チヤホヤされたりモテたりしたいという内発的な動機をもって悪魔と対峙していることを示唆しているのである。

このデンジの人生を変えた気づきを与えたのは、コベニの一言だったのだ。

コベニ悪魔説

さて、そうは言っても、コベニは謎が多い存在だ。なんの説明もないのに妙に戦闘力が高い。8巻で斬られた両腕が、その後なんの説明もなくつながっているのも不思議だ。

2巻で、一度ちぎれた腕がくっついたデンジに対し、早川アキは「輸血したらくっついたらしい。本当に悪魔みたいなやつだな」と言っている。だとするなら、コベニも悪魔か魔人なのではないだろうか。

飲み会で契約している悪魔を聞かれ、「それは秘密で…」と答えたことから秘密の悪魔と契約しているという考察もあったりする。

もしそうなら、第2部でも存在感を放ったりするのかもしれない。




※ だとすれば、コベニの車が戦闘に何度も巻き込まれ、散々に破壊される描写は、毒親からの解放まで含意しているのかもしれない。