佐伯真二郎:『おいしい昆虫記』

Twitterでは「蟲クロトワ」として有名な佐伯真二郎による書籍。昆虫食の持続可能性について勉強してみたいと読んでみた。とても面白く、勉強になる本だったので、長所をまとめてみたい。

①迫力の食レポ

本書の大きな特徴は、著者が昆虫食の世界に飛び込み、様々な虫を食べていった記録があることだろう。

昆虫食というと、ほとんどの読者にとっては縁の遠いもので、読んでいてもイメージすることはなかなか難しいはずだ。しかし本書では、昆虫の姿、料理の見た目、食感、味について、読者がありありと想像できるよう、力の入った食レポが書かれている。

一つ例示をしてみよう。

沸騰したお湯に放り込まれたマダガスカルゴキブリ、略してマダゴキはシュッと最後の声を上げ、静かになった。<中略>マダゴキは香ばしさとバターのような風味のいい香りがあり、肉質もよく、殻が固いので腹部と胸部の殻をむいて食べる。磯臭さの強いエビやカニに比べると穏やかで、ナッツクリームのかかった鶏肉のような、上品な味わいだった。

38ページ

このように、食感を中心に五感に関わる表現をふんだんに用い、読者にとっても既知の食材・食味を例示しながら説明していくのだ。

「さなぎを食べると絹糸腺のなごりのようなものが口に残ってしまう」とか、「肉食昆虫の場合、胃袋に食べた虫の破片がいっぱいあって”ジャミジャミ”した触感になる」など、昆虫の生態とあいまった特有の事情も伺え、興味深い。昆虫食に挑戦する気がなかったとしても、かなり好奇心を刺激してくれる内容になっている。

②バランスのとれた立場

昆虫食というと、まずはゲテモノ、悪趣味としての印象が強いのではないだろうか。しかし著者は、昆虫食をゲテモノとして扱わない。味や生産性から考えて、普通に食生活に組み込まれてもいいはずだいうぐらいのスタンスなのである。

また、昆虫は家畜と比べて環境に優しいというデータがあり、昆虫食を未来のスーパーフードとしてもてはやすような意見もある。著者の立場を考えると、そのような世論を思いっきり追い風として利用しても良さそうなものなのだが、「どの程度有益なのか」を冷静に見つめている。

このような落ち着いた立場で、でも情熱的に昆虫食にとりくんでいるのである。そのバランス感覚が絶妙で、素晴らしい。

③著者の自伝として

著者が昆虫食にハマリだしたのは、彼が大学院生の時からだ。それから彼は生き生きと昆虫食を追求していくのだが、一方で大学院生としてはあまりうまくいかない。

就活か博士進学かで悩んだり、所属を変えても博士はとれなかったりと、著者の挫折経験も語られていく。そんな彼が昆虫食の縁もあり、自分の居場所を見つけ、活躍を始める。この流れは自分にとっても色々と刺さるところのある、エモいものだった。

④ラオスでの支援事業

著者が得た活躍の場。それはラオスの支援だった。ラオスはかなりの後進国で、経済的な事情や現地の食文化から脂質、ビタミン、ミネラルといった栄養素が不足しがちだ。

そして著者は、脂質の供給を満足でき、地域の食文化に溶け込める昆虫の候補を見出し、その合理的な増殖方法を試行錯誤で見出していくのだ。

面白かったのは、著者の目線で語られる支援の在り方論である。

ラオスは様々なNGOの支援を受けており、支援を受けることになれてしまっているような側面もある。

援助を行う側も、「ラオスが先進国のようになれるように」と支援を行うのだが、ラオスの人々にたいしては「怠惰だ」という感想を持つ傾向にあるようだ。

しかし、著者は現地で暮らし、食生活を見つめてきたからだろうか、文化人類学のような立場にたどりつき、面白い洞察をしている。

つまり、「冬に備えて勤勉に頑張る」ことが報われてきた日本をはじめ、温帯の文化と熱帯のラオスの文化は当然異なるのだ。森に入れば飢えはしないし、涼しい朝に仕事をし、昼は楽しく休んでいることが、この気候における最適な暮らし方なのだ、と考えらえる。<中略>
彼らを「怠惰だ」と断じ、先進国のやり方を押し付け、それがうまくいかないと彼らが怠惰だからだ、という循環論法に陥っては援助につながらない。

200-201ページ

後進国の援助をどのようにデザインするかというのは難しいのだろう。固有の価値観や文化を持つ集団に対して、押し付けがましくなく、納得感のある形で成長を助けていくにはどうしたものか。

その点、現地民と同じものを食べ、同じ生活をし、その気候・風土に適した昆虫食を洞察する著者には、独特のものが見えているようで興味深かった。


ということで、色々な角度から楽しめる一冊。食べる側になる予定がなくとも、少しでも興味があれば読んでみるといいだろう。

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