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コロナウイルスの医学的事実 (5) — 防衛ラインを下げよ

ウイルスのプロフィール

新型コロナウイルス、略して新コロ。正式名は SARS-CoV-2 (severe acute respiratory syndrome corona virus 2) ですが、長いのでそう呼ばせてもらいます。新コロのひきおこす疾患が COVID-19 (corona virus disease 2019) です。その主要な病態が肺炎であることは周知の通り。

新コロがどうやって肺炎を起こすか、細胞レベルでみてみると、基礎的事実がこれです:新コロは ACE2 というタンパク分子に結合する。ACE2 は肺胞上皮細胞(肺の実質細胞、つまり呼吸を担う細胞です)の細胞膜上に多数存在する。そのため肺が新コロの主要な標的になるというわけです(Li, et al.による)。

もう少し詳しく言うと、新コロはこの写真みたいに突起で覆われたウイルスです。なんか武装してるようにも見えますね。この突起が肺胞上皮細胞の表面にある ACE2 と結合することで、細胞とウイルスが密着し、そして融合するのです。

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融合が完了すると、新コロの遺伝情報物質である RNA が細胞内に放出され、それによって細胞内のいろいろな装置を使ってウイルスが再生産され、増殖し、やがて細胞を破壊し、外に出ていきます。出ていったウイルスは次々に他の肺胞上皮細胞に取りついて、同じ工程を繰り返すことになります。結果、肺上皮があちこちで破壊され、またそれに対抗する免疫系が出動して、肺は戦場と化します。これが肺炎です。

ACE2 は肺以外にも、小腸や血管の上皮などにも分布しています。なので、理論上、 新コロがそれらにも感染することはありえますし、実際、消化器症状を呈する症例も報告されています。しかしあくまでも主要標的は肺です。

「感染」とは、何?

たとえばウイルス粒子 1000 個を、あなたが吸入したとします。ウイルスはまず鼻腔・喉のあたりから侵入する。が、そこにかれらの標的は見当たらない。だから増殖できない。増殖しないウイルスはただの塵・ホコリ同然です。塵の微粒子が 1000 個、鼻の中に入ったら、ムズムズはするかもしれない。くしゃみぐらいは出るだろう。くしゃみは異物を排出する正常反応です。1000個がくしゃみで500に減る。その500が次に、喉を通り、気管支の入り口まで進入してくる。気管支の内側を覆う細胞(これも上皮細胞という)には繊毛がびっしり生えていて、それに300個がトラップされてしまう。捕らえられるだけではなく、繊毛はイソギンチャクのように生きていて、外に排出されてしまう。あるいは気管支上皮細胞から脊髄に信号が行って、咳反射が引き起こされ、猛烈な気流で残り200のうち 180 はあっというまに外に出されてしまう。

ここまで、人によって違いはあるが、4〜5日というところでしょうか。気管支上皮に ACE2 は無いとはいっても、皆無ではないでしょうから、小規模なウイルス増殖のエピソードはあるかもしれない。あれば、免疫系がそれに反応するので微熱は出る。咳も少し出る。その程度です。ふつうの風邪と変わりません。それすら無い人の方が、おそらくずっと多い。ここまでを、COVID-19 の stage-1 としましょう。stage-1 のまま何事もなく普通に戻る人が圧倒的多数(80%以上)と思われます。

それでもしぶとく生き残った精鋭 20 は、さらに気管支を奥へ奥へと前進し、枝分かれした細気管支あたりまで行く。だが、その内側表面にも特殊な粘液が常に流れているので、それにやられずに遂に肺胞上皮に到達できるのはほとんど奇跡といっていい。奇跡ではあるが、1個到達し、肺胞上皮に結合し、上記の増殖サイクルをスタートさせることができたら、1個はまず10個を回復し、10個は100個を回復、以下次々にウイルスが形勢逆転に向かっていく。ウイルス数がたとえば10万を超えた段階で、体温は一気に8度台後半に上昇する。肺胞が次々に破壊され、それに対抗する免疫系も結集し、肺組織のなかで激戦が繰り広げられる。それをレントゲンで撮れば「スリガラス状の陰影」が肺全体を覆っているはずです。呼吸細胞が壊れるので当然、呼吸も苦しくなります。この状況を stage-2 とします。戦況は刻々と変わります。もしさらに悪化して呼吸困難が常態となれば stage-3 あるいは公式の用語では SARS (severe acute respiratory syndrome) となります。ここまで行っても、死に至るわけではありません。回復の可能性は残されています。

Stage-2 以後の戦闘で勝利する決め手はなんといっても免疫細胞による地上戦です。外から抗ウイルス薬を投与するのは空爆のようなもの。しかも特異的な薬剤(新コロをピンポイントで攻撃できる物質)が発見されていないので、高精度の爆撃は無理。免疫系の戦闘能力こそが鍵になります。この段階で身体のリソースはほとんどすべて、免疫系の活動を最大化するために使われるといって過言ではありません。医療とは、それを後方支援する努力なのです。呼吸を管理し、栄養を供給し、別の感染を防ぐ。ある報道番組で「COVID-19 には対症療法しかない」と司会者(非専門家)が言いましたが、間違いです。「保存療法」と言うべきであり、そしてそれこそが消極的に見えて、対ウイルス戦争に勝つために必須の後方支援作戦なのです。

何が恐れられているの?

さて、世界中で「感染拡大」が深刻化していると言われています。でも、深刻になるまえに、「感染」とは何なのか。上記の、新コロの侵入プロセスのなかでどの段階が「感染」なのか。素直に考えれば、口・鼻から細気管支まで張り巡らされた防衛線をかいくぐり、肺胞上皮に到達し、その表面の ACE2 に結合した、まさにその時を「感染」というべきじゃないでしょうか。だって、それまではウイルスの本性(増殖性)を現わす機会もない、ただの塵同然の粒子なんですから。

しかし現在、「感染」を定義しているのは、以上のような細胞病理的観察ではありません。検査方法が「感染」を定義しているのです。現行の PCR 法 は鼻腔や咽頭から採取した検体を使用します。したがって感染プロセスのいちばん前の段階、つまり stage-1 の最初期でも「陽性」と判定されます。いま世界中で警戒されている「感染拡大」とは stage-1 の人が急増中という意味なのです。

もし諸般の事情が許され、かつ、僕が WHO のトップに明日の朝指名されることがあったら、僕は YouTube でこうアナウンスするでしょう。stage-1 はいまだ感染ではない。stage-2 の始まりが感染の始まりであると

すると世界中から批判が殺到するでしょう。PCR は無意味だとおっしゃるのですか?stage-1 は放置しておけということですか?stage-2 が始まってしまったら手遅れにはならないのですか?

僕はこう答えましょう。stage-1 はサッカーでいう「イエローカード」なのです。それを伝える意味で PCR は役に立ちます。しかしイエローをもらったからといって、アグレッシブなプレーをしないでいいと言う監督がどこにいるでしょうか。家に閉じこもり、音楽や演劇を観にも行かず、カフェやレストランに集うこともせず、花さえ買わないとなったら、たとえ二枚目のイエローをあなたががもらわなかったとしても、決してチームが勝つことはないでしょう。常に "For the Team" ということを忘れてはなりません。あなた自身の健康と社会の健康とは同等であり、どちらか一方を他方に優先させてはならないのです。乗組員を救うために船の沈むのを黙って見ていいわけがありません。

stage-2 に対処できる方法を現代医学は十分に持っています。その一症例を以前の note に紹介しました。対処できなかったケースも書きました。後者は武漢の症例で、医療リソースがこの時期、十分供給されていなかったのではないかと推測します。

新たな防衛戦略

基本的な考えは、防衛ラインを stage-1 よりも後方、stage-2 の入口に下げることです。社会的・医学的リソースの主力を後方に集結させます。健康な人と、stage-1 の人には、むしろ社会的活動を積極的に行なってもらい、そのエネルギーをリソースに変えて防衛ラインを支援する。

もちろん大きな戦略変更をするには細かい作戦変更が伴います。それを細かく挙げる余裕がいまありません。皆で知恵を絞る、しかも速く絞る必要があります。たとえば、個々人の目標は、ウイルスを身体に付着させないことから、付着したウイルスを洗い流すことに重点を移す。また、ウイルスに触れないことから、大量のウイルスに触れないことにシフトする。メディアなどで解説してくれる専門家たちは、意外に「数」のことを言いません。しかし、戦争とは結局、武器の能力が決まっていれば、あとは数の戦いです。1000個のウイルスに対して1万個の免疫細胞があれば余裕で勝利できるのです(実際はもっと少なくて済むはずです。免疫学者の方、修正してください)。免疫系のキャパシティを、ウイルスに上回らせないようにすればいいのです。だから「咳の出る人がマスクをする」ことは重要です。咳は大量の粒子を勢いよく拡散するからです。でも何も症状のない人が、うつされないようにという理由でしているマスクには、意味も効果もありません(詳しくは前の note をみてください)。外出し、いろいろな人と接触する機会があったら、当然、皮膚や口腔・鼻粘膜、あるいは喉ぐらいまでウイルスが付着している可能性があります。だったら、外出を控えるのではなく、ふだんよりも頻繁にうがいをして、ウイルス数を減らしてしまえばいい。できれば、帰宅したらすぐシャワーを浴びて、全身(特に髪の毛)を洗ってしまえば、なおいい。

自分の身体を守ると同時に、社会の活動を維持することを心がける。これを再度強調しておきたいと思います。その両立は、可能のはずです。というより、両立させねばなりません。

あと一点だけ。stage-1 から stage-2 になりそうなタイミングはどうすればわかるのか?それを検査する方法なんか、ないじゃないか?いやいや、あるんです、簡単なのが。体調の良くない人は体温を測り続けてください。stage-1 は平熱か、微熱です。出ても37度台前半です。ウイルスの増殖が始まってないか、あっても小規模だからです。ところが stage-2 になると、急激に38度を超えますこれがウイルス増殖(肺炎)開始のサインです。24時間以内に増殖速度はぐんぐん増し、炎症範囲が肺全体に及んでいきます。このときに躊躇せず、COVID-19 に対応する病院を受診すること(たしか、専用電話があるはず)です。先ほど言及した症例はおそらくこれに近い対処をした方だと思います。

市販の解熱剤や咳止めを一般の人が不用意に使用するのはやめてください。もちろん、それらが成分として入っている風邪薬もです。ある程度の発熱は免疫系の活性を維持するためにむしろ必要で、そのコントロールには専門医のスキルが要ります。咳は気管支内のウイルス粒子や炎症残滓を排出するための反応なので、人に会う時と眠る時は別ですが、抑えすぎるのも却ってよくありません。これも専門医の指導に従うべきです。

以上、僕は元医学生ではありますが、医療現場にいる者ではありません。ただ自分の持っている知識をもとに、提案をしてみました。医学者は医学のことだけ、経済学者は経済のことだけしか見えていないんじゃないかと、心配になったからです。各国の政治指導者に助言を与えているのは偉大な医学者や偉大な社会科学者にちがいありませんが、偉大でなくても、ぎりぎりまともな医学兼社会学者がいるかどうか、疑っています。

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