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息子くんが自転車を乗れるようになったときにしたことは「ひたすらペダルを漕ぐ」

どうも、えんどう @ryosuke_endo です。

今回は6歳の長男が自転車の補助輪を外した状態でペダルを漕げるようになったことを受けて、同じように自転車に乗れるようになりたい、したい、してあげたいという方のために、経緯や過程を共有してきます。

##なにを書いた
・長男が自転車に乗れるようになりました
・前提として頑張ってもらったのは補助輪つきでの"ひたすら漕ぐ"こと
・キラキラした目に、あと何回立ち会えるのか

当人の気持ちが向いたタイミングでサポート

周りと比較すると少し遅いのかもしれないけれど、ボクや妻さんとしては、別に早かろうが遅かろうがどちらでも良くて、本人が乗りたいと意志を持った段階で乗れるようになればいい、と楽観的なものでした。

近隣に住む子どもたちと遊ぶ際にも、補助輪のない自転車を颯爽と乗りこなす側でシャー!シャー!と補助輪音を響かせながら本気で漕ぐ彼の姿がかわいかったのもあり、それをみていたい気持ちが強かったのも正直あります。

それもあって、ボクたちから補助輪を外すことを薦めることはしませんでした。詰まるところ、なんていうか「ボクたちが(親)主導」で補助輪を外すのもどうかな、と思ったってところです。

ところが、ある日長男くんが「外に出て遊びいたい」というので付き合っていると、唐突に「補助輪外したい」といってきたので、近くのホームセンターに出向いた上で工具を購入し、補助輪を外して練習を始めることにしました。

そこから複数の日を跨いではいるものの(通算で一時間もかからず)無事に乗れるようになりました。

正直にいうと、ボクが想定したよりも早かったのは早かったのですが、乗れるようになった彼が誇らしげに母親へ報告に行く姿を見れたのは嬉しかったなぁ、と。

これから自転車に乗ろうとする子どもたちの親御さんの参考になればいいのですが、最終的なポイントとしては「どれだけ当人が前向きに取り組めるのか」って感情的な部分が大きいと実感しているので、それを前提に話を進めます。

三輪車でひたすらに漕ぎまくる

ペダルのないストライダーで足を動かしながらハンドリングを習得するとよさそうだ、と思ってる方も多いかと思いますが、我が家の場合、それを一切していません。

とにかく三輪車を漕ぎまくる。概ねこれだけです。

我が家の近所には所々坂道があるため、そこを中心に、とにかく彼は漕ぎまくってましたし、それをボクの方で面白おかしく煽ってました。

自転車の操縦って、複数の技能を繋ぎ合わせることが必要なので、結構高度なものです。

ペダルを漕ぐ。
バランスを保持する。
ハンドル操作。
視野を広く。
なにが起こるのかの予測する。

簡単に挙げるだけでも、これだけの行為が同時進行しています。

それ以外にも、止まる際には足で止まるのではなく、ブレーキを使う必要がありますから操作習得が必要で、それだって握るだけでなく視覚から得た情報を基にタイミングを図る必要があります。

こんな風に自転車を乗るって行為を分解してみると、自転車を乗れるようになるのって結構大変なことに気づきます。つまり、練習をする人は、これらのことを同時に処理しなければならないって負担を請け負わなければならないのです。

本当にいろいろと動作が関わっていて、本当に難しい複合動作なのですが、肝になるのはペダルを漕ぐこと、これ以外にありません。ハンドリングがいくら上手になっても、バランスを取れるようになったとしても、ペダルを漕がないことには自転車を前に進めることはできません。

だから、とにかく彼には三輪車というか補助輪つきの自転車を漕いで漕いで漕ぎまくってもらい、とにかく推進力となるエンジンである漕ぐことで「前に進むこと」を補助輪のある状態で習得したイメージです。

ハンドリングやブレーキは坂道を降りながら身につけてもらいながら取り組んでもらいました。ペダル操作とハンドル操作を切り分けて習得するイメージですね。

なにが難しいって、動作をつなぎ合わせつつ、それを一つの自転車操縦って行為として行うことが難しいのであって、別個に(分解)したら造作もないことって多いわけです。

自転車に乗り始めた人が怖いのって、ペダルを漕がないと進まないのにハンドル操作を強いられる点です。運転免許を取得するための通った教習所ではじめて乗車した車で、ハンドルを握る手がガチガチになってしまい、上半身が疲れた経験を思い出してもらえればいいのではないでしょうか。

とにかく、初心者の気持ちを考えると、どこに恐怖感があって、どこにつまづいているのか。そこをクリアしていくことをするだけで、立派な筋道を立てることになります。

できることが増える

ボクが彼に付き添って自転車の練習をしたのは、合計で(複数日を跨いだものの)ほんの一時間ほどで、そのほとんどは見てるだけでした。

おそらく、さらに小さな子どもたちに乗れるようなお手伝いをするとなった場合には、更なる創意工夫や伝え方を考えつつ、じっくりと向き合う時間が必要なのかもしれません。

ただ、「乗れた方が...」という善意からだったとしても、本人の気持ちが向かない状態では互いに疲れちゃいます。

だったら、ストライダーでもいいのかもしれませんが、とにかく自転車に乗る上での動作習得を個別に身につけられるよう、プラグラムを立ててあげて、あとは当人が好きそうな場所へ連れていきつつ、移動することを体感的に覚えてもらうことが大事な気がしてます。

なにより、満足そうな表情を浮かべて母親に報告している彼の目がキラキラしてました。なんでもそうなのですが、彼らができることを増やす過程に立ち会えるのは嬉しいことです。

それはあと、何回なんでしょう。楽しさと寂しさが混同します。

それでは、また!

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