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祈りよ、天まで届きたまえ

 三日前、僕と彼女は交通事故に遭った。道幅の狭い一本道での正面衝突だった。彼女は運が悪かったのかもしれない。いくつかの選択を間違えなければ、こんなことにならずに済む運命がどこかにあったと思う。あれからずっと側にいるけれど、意識が戻る気配はなく、回復の目処が立たない。

「今夜が山かもしれません」

 厳しい表情で医者が告げる。面会謝絶の集中治療室の外で彼女の回復を信じる人たちはうつむき嗚咽を漏らしている。助けてください、とすがりつく者もいた。彼の様子を見ているうちに悲しくなって涙が溢れてきた。

 初めて彼女を見たのはサークルの飲み会だった。第一印象は地味。重たい黒髪と野暮ったいファッション。伏し目がちで表情が見えず根暗な子なのだと思った。だけれどそれは人見知りが激しいだけで、打ち解けてみると明るくとてもよくしゃべる子だった。そのギャップに惹かれて、すぐさま恋に落ちた。

 恋愛関係は全般的に奥手な僕だけれど、なりふり構ってはいられなかった。彼女の魅力にライバルが気付く前に恋人にしなければ。とにかく必死にアピールを続けた。

 その結果、彼女は想いを受け入れてくれた。あれから、一年。彼女はあか抜けて見違えるように美しくなった。ずっとそばにいた僕は鼻高々だ。それがまさかこんなことになるなんて……。人生を、命を捧げてでも幸せにするつもりだったのに。

 

 深夜、彼女の容態が急変した。医師や看護師が慌ただしく動き出す。重い空気の中にさらなる緊張が走った。事態の深刻さに皆の顔色が一様に青ざめる。そんなとき人間にできることはひとつしかない。祈り。それぞれの信じる神に祈りを捧げるしかないのだ。苦しむ彼女の顔を見ながら自然と僕も祈っていた。お願いします、神様、どうか彼女を……。

 それから2時間。彼女にはあらゆる処置が施された。一進一退の状況が続き、僕の感情はそのたび激しく揺さぶられた。希望と絶望が交互に押し寄せ感情が昴っていく。こんなにも何かを強く願ったことはない。次第に形勢が傾き出し、医師たちの顔に諦めの色が見え始める。その時が近づいてきた。指示が怒号に変わる。心電図の波が弱まり、線に近づき、ついに途絶えた。

 彼女が死んだ。

 その瞬間、僕の感情は爆発した。

「よっしゃああああああああ!!!!!!」

 死んだ死んだ死んだー! 僕はガッツポーズを決め喜びを露わにする。いやーしぶとかったなぁ。回復しかけた時はどうなるかと思ったよ。ひやひやさせるよホントに。この浮気女が。あんなに愛情を注いだのに僕を裏切りやがって。

 あっかんべーで別れを告げて小躍りしながら表に出ると、治療室の外で男がうなだれていた。ざまぁみやがれ。人の女をたぶらかしたあげく、結婚の約束までしやがって。いいところのお坊ちゃんだか何だか知らないが報いを受けろ。こいつを事故に巻き込めなかったのがちょっと心残りだけれど、今さらどうにもできないし、まあいいや。無様に泣きわめく男を見て心底いい気分。体を張って「事故」を起こした甲斐があったというものだ。
 あの日、彼女の行動を把握していた僕は男の部屋へ向かう車を待ち伏せして「正面衝突」を起こした。互いに即死する予定だったけれど、そうはならなかった。彼女の苦しみが増した分、結果的には良かったのかもしれない。怪我の功名って、怪我どころじゃないか。

 さて、僕の願いは届き復讐は果たされた。まさに天誅ってね。もう思い残すことはないよ。ああ、なんて安らかな気分なんだ。身も心も浮き上がっていく。これが天にも昇る心地ってやつなのかな。


【第2回noteSSF】

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