【2つのポイント】血清ナトリウム値の異常は,こう考えると理解できる【血清ナトリウム濃度を調節する調節系】 -第2部ー

前回記事の続きです.

前回のおさらいをすると,血清ナトリウム値の異常を考えるためのファーストステップとして,水とナトリウムの関係を解説しました.

おさらいすると,

ナトリウムは,細胞外の有効浸透圧を主に担っている

ナトリウムがないと,細胞外に水分を保てない

ということであり,

ナトリウムは不足するときは,水(体液)が不足するとき

ナトリウムが過剰になるときは,水(体液)が過剰になるとき

という考え方を解説しました.

 

このように,水(体液)と密接な関わりをもつナトリウムの濃度を,生体内でコントロールしている調節系は,大きく分けて2種類あります.

これらの理解が,血清ナトリウム値の理解につながるので,今回はそこを解説していきます.

 

■血清ナトリウム値を調節する調節系

血清ナトリウム値に関与する調節系は2つあります.

浸透圧調節系総体液量調節系

です.

1.浸透圧調節系

まずは浸透圧調節系.

その名の通り,血漿浸透圧を保とうと働きます.

➀浸透圧を下げる系

これは口渇です.

ホルモンのようなシステムではないですけどね.

「脱水で血が濃くなると,のどが渇く」

「水を飲めば,血は薄まる」

というイメージ.

一般的に,血漿浸透圧>290mOsm程度で,視床下部にある口渇中枢が,「喉が渇く」という信号を発するそうです.(年齢などによって個人差あり)

➁浸透圧を上げる系

これは抗利尿ホルモン(ADH)系です.

ADHであるバソプレシンは,ナトリウム自体には関与せずに,腎臓にて水のみを再吸収させます.

正常な腎臓は,1日25Lの尿を排泄可能らしく,最大希釈尿(考えうる究極に薄い尿)の尿浸透圧は50〜100mOsm.

一方,一度分泌されると,バソプレシンの作用は非常に強力で,最大濃縮尿 (考えうる究極に濃い尿)の尿浸透圧は1200mOsm.

この強力な作用で,血漿浸透圧を保ちます.

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気づいた方はいると思いますが,浸透圧調節系は,ナトリウム自体には全く関与できません

結果的に,血清ナトリウム濃度を変動させるだけです.

浸透圧調節系
➀浸透圧を下げる系:口渇
➁浸透圧を上げる系:ADH系
・ナトリウム自体には関与せず,水の出納のみ,血清ナトリウム濃度を調節

 

2.総体液量調節系

血清ナトリウム値を左右する,もう一つの調節系は,総体液量調節系です.

総体液量を下げる系

心房の伸展刺激で分泌される心房性ナトリウム利尿ペプチドANPは,腎臓におけるENaCの発現を抑制し,ナトリウム利尿作用を発揮します.

ナトリウムとともに水を排泄しようとする系ですね.

ANPには,末梢血管を拡張させることで血管抵抗を下げる作用などもありますが,今回は割愛.

総体液量を上げる系

レニンーアンジオテンシン-アルドステロン(RAA)系は,腎臓の傍糸球体装置が,腎血流量の低下を感知することをトリガーに,さまざまな反応が起こります.

直接的な血管収縮作用交感神経の賦活化ENaC増加(Na再吸収の亢進)ADH分泌亢進(水の再吸収亢進),などです.

「ADH分泌亢進」もあることは,ひとまず読み飛ばしてください.

どれも,総体液量を保ち血圧を保ち腎血流ないし全身臓器の血流を保とうとする働きです.

 

総体液量調節系
ANPやRAA系があり,ありとあらゆる手(血管収縮やNaの再吸収,水の再吸収)で,総体液量を保ち血圧を保ち腎血流ないし全身臓器の血流を保とうとする働き

 

■2つの調節系の決定的違い

この総体液量調節系と,浸透圧調節系の大きな違いは,ナトリウム自体に作用するかどうかです.

言い方を変えると

浸透圧調節系は,ナトリウムに直接作用せず,水の出納だけで調節

総体液量調節系は,ナトリウムと水の双方に作用する

 

■低Na血症とは

この考え方で,低Na血症とは何かを考えます.

低Na血症とは,血清ナトリウム”濃度”が低いことですよね.

つまり

ナトリウムの量に比べて,水が多い状態

ということです.

画像1

RAA系は,浸透圧のことは気にせず,水もナトリウムも一緒に貯め込み(再吸収し),とりあえず体液量を保とうとしてます

低ナトリウム血症の犯人ではないし,低ナトリウム血症に興味がないんです.

私は,「体液量が減少したら,RAA系が亢進して,ナトリウムをため込もうとするのに,なんで低ナトリウムになるんだろう??
と,ずっと疑問に思っていたんですが,勉強して分かったことは,RAA系は血清ナトリウム値,すなわち浸透圧に興味がなかったからでした.
RAA系はただの体液量フェチです.

本来,低ナトリウム血症を是正すべきは,浸透圧を調節している(ナトリウムに作用しないのに)ADH系なんです.

つまり,低ナトリウム血症とは

「ADH系どうしたの?なにしちゃってんの??!」状態

です.

もう少し理知的に言えば,「低ナトリウム血症は『相対的なADH系過剰状態』」と私は考えています.

 

小まとめ
浸透圧調節系は,ナトリウムに直接作用せず,水の出納だけで調節
総体液量調節系は,ナトリウムと水の双方に作用する
総体液量調節系のRAA系は低ナトリウム血症に興味なし(是正する気なし)
低ナトリウム血症の本態は『相対的なADH系過剰状態』

 

低ナトリウム血症を考える時は,「なんでこんなにADH系は張り切っているのか」を考えればいいわけです.

前提として大事になるのは,ADHの分泌刺激なので,まずそちらを解説します.

 

最も大事な決め手を先に言います.

『ヒトの身体は,浸透圧より循環血漿量を大事にする』

です.


 

■ADHの分泌刺激 

実は,ADHの分泌刺激は,血漿浸透圧だけではありません.(”浸透圧調節系”とか言いながらね...)

①血漿浸透圧上昇

これは,ADH系の主な目的ということもあり鋭敏,つまりセンサー感度が高いです.

具体的には,正常280mOsmの浸透圧から1-3%の上昇で分泌が刺激されます. 

②循環血漿量減少

これが大事.

循環血漿量が保たれている状態では,左房壁の伸展受容器などの容積受容器から,迷走神経を介して延髄弧束核に信号が入り,ADH分泌は常に抑制されています.

血液量減少あるいは血圧低下時には,この延髄孤束核からの抑制が解除されADHの分泌は亢進します.

この循環血漿量の減少に対する分泌刺激は鈍感,つまりトリガー感度は低いんですが,ひとたびセンサーにかかると強烈な作用となります.

具体的には,8-10%程度の循環血漿量減少でADHは分泌され始めますが,そこから指数関数的に分泌量が多くなります

③内分泌的トリガー

i) 糖質コルチコイドの低下
糖質コルチコイドにはADH分泌抑制作用があります.

ii) 甲状腺機能低下症
機序はよくわかっていません.T3とADHが拮抗するらしいです.

iii) RAA系亢進
前半でもチラッと言及しましたが,RAA系の作用のひとつにADHの分泌亢進があります.
体液を保つために,ADH系にも助けを求めるイメージです.

④ストレス

さまざまなストレスでADH分泌が亢進します.

SIADHの原因になることもあります.

⑤薬剤

ニコチン,β刺激薬,バルビタール,ビンクリスチン,クロルプロパミドなどです.

ポイントは,

・浸透圧上昇と循環血漿量低下はいずれもADH分泌刺激になる
・循環血漿量低下による分泌刺激は,鈍感だけど強力
・RAA系もADH分泌を刺激する

です.

 

■RAA系とADH系のバランスと,循環血漿量減少

ここまでの知識を生かして,循環血漿量が減少した時に起こるこの2つの系の変化を考えます.

➀循環血漿量減少が少しあるとき:RAA系⇑,ADH系⇒

体液量減少を主に担うのはRAA系です.

ADH系はそこまで敏感でないので,主な働きである浸透圧の維持に夢中でしょう.

つまり,血清ナトリウム濃度は保たれます

➁循環血漿量減少がかなりあるとき:RAA系⇑⇑,ADH系⇑⇑

RAA系の活動はさらに強くなりますが,ADH系も反応してきます

循環血漿量低下に対するADH系の反応は,鈍感だけど強力なので,すぐに追いついてきます.

低ナトリウムの始まりです.

➂循環血漿量減少がめっちゃある時:RAA系⇑⇑⇑,ADH系⇑⇑⇑⇑⇑

変わらずRAA系の活動は亢進しますが,ADH系の分泌刺激は指数関数的に強力になります.RAA系自体もADH分泌を刺激しますしね.

ただ,ADH分泌があまり高まると,低ナトリウムになります.つまり,浸透圧は低下するので,本来ADH分泌は抑制されてもおかしくありません.

ここで,ヒトの身体のなかのヒエラルキーが現れます.

『ヒトの身体は,浸透圧より循環血漿量を大事にする』

です.

つまり,「浸透圧低下 VS 循環血漿量低下」でガチンコバトルさせると,「循環血漿量低下を是正する目的」が圧勝するようにできているんです.

実際に,体液量の減少とともに,ADHの分泌閾値が変わることも確認されています.

画像2

これが,体液量減少で,低ナトリウム血症となる原因です.

低ナトリウム血症の時,別にADH系はとち狂ったわけでなく,
浸透圧を犠牲にして,循環血漿量を保とうと必死になっている

 

■あとは簡単:ここまで来たら低ナトリウム血症の鑑別・病態把握はチョロい

ここで,よく教科書とかに書いてある,低ナトリウム血症の鑑別をおさらいします.

低Naの鑑別
➀volume depletion(体液量減少)
➁体液量正常の低Na
➂浮腫性疾患での低Na血症

➀は,前項で言った通りです.

体液量の減少,すなわち,循環血漿量を保つの必死で,ADH系が浸透圧を犠牲にしてます.

 

➁は簡単.

ADH系がとち狂ってる状態です.

SIADHとか,副腎不全(☜糖質コルチコイドにADH分泌抑制作用があるため)ですね.

 

➂は,考え方を捻ります.

心不全や肝硬変などの浮腫性疾患は,浮腫,すなわち間質に水分が逃げます

つまり,血管内は脱水状態です.

これが,循環血漿量低下状態と認識され,ADH系が亢進されるわけです.(ほぼ➀と同じ病態)

 

【発展学習:心不全の低ナトリウムはやばい】
通常,浮腫性疾患で先に亢進するのはRAA系です.
RAA系のトリガーは腎臓にある傍糸球体装置であり,浮腫性疾患において,身体全体の体液量が多くても,腎臓からみたら「まるで体液量が少ない状態」だからです.
実際,浮腫性疾患で体液量を過剰にしているのはRAA系の亢進ですからね.
 
ADH系はというと,そう簡単には亢進しません
なぜなら,心不全では通常,うっ血により心臓内の圧が高まるので,ADHの分泌に関わる左房壁の伸展受容器などは,「体液量過多」と捉えることが多く,ADH系は適切に抑制されます.
 
心不全で低ナトリウムを呈しているとき,すなわち,心不全でADH系が亢進する時は,心不全にも関わらず心臓の圧が保てない低心拍出の状態です
 
平たく言えば,低ナトリウム血症の心不全重症心不全です.

臨床のデータとしても,低ナトリウム血症の慢性心不全は,低ナトリウム血症でない慢性心不全より予後不良であることが知られています.
【余談】加齢とADH作用
一般にADH分泌は,加齢の影響を受けないとされます.
しかし,ADHの作用にプロスタグランジンが拮抗することが知られており,加齢によるプロスタグランジン産生抑制によって,(ADHは分泌されているのに)ADH作用が低下することが言われています.(J Am Soc Nephrol
. 1994 Oct;5(4):1106-11.)
高齢者は,尿の希釈が下手くそなんですね.
これは,高齢者に低ナトリウム血症が多い理由の一つです.
(詳細は別記事にまとめる予定)



 

■まとめ

いかがでしたでしょうか?

水と密接にかかわるナトリウムの調節系.

ナトリウムをため込もうとするRAA系が,血清ナトリウム値の主役かと思ったら,実は違ったんです.

血清ナトリウム異常をなすのは,浸透圧調節系(口渇とADH系)なんです.

詳しくは解説しませんが,高ナトリウム血症の原因のほとんどは口渇中枢異常(意識障害など含む)です.

病態が見えづらく,鑑別も忘れやすい低ナトリウム血症ですが,ADH系の亢進と考えれば簡単で,

➀浸透圧を犠牲に循環血漿量を保とうとするとき(体液量減少)

➁ADH系がそもそもとち狂ってるとき(体液量正常)

➂浮腫性疾患で血管内は脱水状態の時(体液量過剰)

に,それぞれADH系が亢進しているんですね.

 

今回の話は以上です.

情報量が多くなってしまったので,理解することは難しいかもしれませんが,臨床に触れながら何度か読んでいけばわかってきますよ.

極論,「低ナトリウム血症=ADH系亢進」でいいわけですから.(この記事を読んだ人にしか理解できませんけどね,この極論は)


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