【脱水がよくわからなくなる】なぜ脱水で血圧が下がるのか,脈が速くなるのか
「脱水で血圧が低下してます.」
「脱水で脈が速くなってます.」
これ,現場でよく聞くフレーズじゃないですか?
みなさん,この現象がどういう仕組みか理解できてますか?
なんとなーく,「そういうもんだろ」ってなってませんか?
今回はここを深堀してみます.
1.脱水の説明が,そもそもわかりづらすぎる
脱水の教科書的な説明は,☟
脱水(だっすい)とは、水分や電解質などの体液量が不足した状態である。【分類】
■低張性脱水
水分の喪失よりナトリウムなどの電解質が著しく喪失している状態。
■等張性脱水
水分とナトリウムが同程度に喪失している状態。
■高張性脱水
電解質よりも水分が著しく喪失している状態。高ナトリウム血症をともなう。
(看護roo! ウェブページよりhttps://www.kango-roo.com/word/9608)
いやいや,これは...勉強する気失せますよね笑
看護roo!さんをディスっているわけでなく,広く教科書類はこのような説明がなされているわけで,そして,これは事実を言っているわけだけど...
...わかりづらくないですか?
そもそも,「脱水の話を始めているはずなのに,なんでいつのまにナトリウムの話になってんの!?」ってとこですよね...
2.一般的な脱水のイメージはDehydrationだが,医療の現場にはもう1つ"脱水"がある
ではみなさん,今から医療者の心を一瞬捨ててください.
脱水,って聞いたら,こんなのを思い浮かべませんか?
なんか干からびる感じ.
このような脱水を,医学的にはDehydrationと呼びます.
「え,なに,突然難しくなった.それ覚えなきゃダメ?」
覚えなくてもいいですが,聞いてください.
混乱の原因として,一般的にイメージする脱水dehydrationだけでなく,医療の現場で用いられる脱水にはもう1つのパターンがあります.
それがVolume depletionと呼ばれる脱水です.
dehydrationは,要は(言葉は悪いですが)干物とかミイラみたいな状態.
水分の絶対的な欠乏です.
一方で,Volume depletionは,直訳するなら"容量(ボリューム)の不足",みたいな意味.
容量というのは,血管内の水分量のこと.
よく言われる"血管内脱水"ってやつのイメージが近いです.
Volume depletionは,全身の体液が足りているかどうかは関係ありません.
「脱水」といったときには
ミイラ状態のDehydration と 血管内脱水のVolume depletion
の2種類のニュアンスがある.
3.血圧が下がるとか,脈が速くなるとか
では,最初の話題に戻します.
脱水で血圧が下がったり,脈が速くなるのはなぜですか?
dehydration,つまり「干からびているかどうか」は関係なくないですか?
というかよくわらなくないですか?
もちろん,dehydrationは生命的に危険な状態です.
しかし,血圧が下がるかどうかは,血行動態的には直接説明できないです.
本質的に,「脱水で血圧下がる・脈が速くなる」とはVolume depletionの状態を示します.
Volume depletion,すなわち血管内の容量が不足すると,心臓に戻る血液量(前負荷)が減ります.
心臓は,ゴムパチンコのような原理で血液を送り出します.
前負荷は,ゴムパチンコのゴムを引く長さです.
ゴムをあまり引かなければ,パチンコ玉は遠くに飛びません.
それと同じように,前負荷が減ると,心拍出量は減ってしまいます.
(フランクスターリングの法則)
細かい話は割愛しますが,血圧=心拍出量×血管抵抗です.
また,心拍出量=1回心拍出量×脈拍数なので,まとめると
血圧=1回心拍出量×脈拍数×血管抵抗
となります.
前負荷が減ると,1回心拍出量が減ります.
すると,脈拍数や血管抵抗が上昇することで代償しますが,代償の限界がくると,血圧が下がります.
つまり,
脱水(Volume depletion)⇒前負荷減少⇒1回心拍出量⇩
で,代償として
脈拍⇧ or/and 血管抵抗⇧
そして代償の限界を超えると
血圧⇩
です.
"脱水"で血圧が下がるのはVolume depletionのせい
4.混乱を生むのは血清Na値で分ける説明の仕方
さて,脱水で血圧が下がる理由はわかりました.
Volume depletionで前負荷が下がるからですね.
では,dehydrationってなんなんですかね?
Dehydrationは,もうほんとミイラ状態.脱水による生命の危機です.
Dehydrationの状態は,細胞内の水分すら保てないので,細胞内脱水と呼ぶこともあります.
対して,Volume depletionは血管内の脱水,すなわち細胞外の脱水ですね.
ここで,勘違いを生みやすいのは,「脱水をDehydrationとvolume depletionに分ける」,という発想.
「脱水症例に高Na血症があれば高張性脱水で,細胞内脱水だ.Dehydrationだ.」
これは概ね合ってます.
「脱水症例に低Na血症があれな低張性脱水で,細胞外脱水だ.Volume depletionだ.」
これも合ってます.
でも
「高Na血症だからVolume depletionではなくて,Dehydrationだ.」
は間違い.
だって,見たことあるでしょ?高張性脱水で頻脈になっている人を?
つまり
冒頭で示したような,「高張性,低張性」とか,血清Na値で脱水を「分ける」ことが混乱を生むわけで,Volume depletionとDehydrationは基本的には同じ病態のラインに乗っかる考え方です.
脱水(水分不足)になったら,通常身体はADHを亢進させるものです.
すると,水の再吸収が亢進し,低Na血症(低張性脱水)になります.
ADH亢進による水の貯め込みが限界を迎えると,次に身体は,細胞のために血管内の水分を提供します.高Na血症(高張性脱水)です.
このような流れの中で,「頻脈や血圧低下」はVolume depletionの表現型であり,ナトリウムがどうとか浸透圧がどうとかは(傾向はあれども)厳密には関係ないんです.
「(Volume depletionではなく)Dehydrationなら頻脈や血圧低下が起ないか」というと,そういうことではない.
Dehydrationは脱水の究極段階であって,Volume depletionの概念に通常は内包される.
血清ナトリウム値の変動は,その病態を考えたときの傾向に過ぎない.
(※例外:高齢者におけるADH作用の減弱,トルバプタンの使用,などがあると,Volume depletionが目立たなくとも,高Na血症ないし細胞内脱水の状態になりうります.)
5.逆も然り:"干からびていなくても"Volume depletionで血圧は下がる
前項では,「Dehydrationがあれば,たいていVolume depletionはある」という話をしましたが,逆のこともいえます.
つまり,見た目に干からびていなくても,もっと言うなら,むくんでいても,循環動態的には前負荷不足Volume depletionといえる状態はありえるんです.
このような状態は,心疾患もちの症例でしばしばみられます.
心疾患もちの症例(例えば,大動脈弁狭窄症)は,前負荷不足で容易に心拍出量が低下します.
頻脈や血圧低下するのに,干からびるまで至りません.
ひどい場合,Dehydrationの徴候(細胞内脱水の徴候)がみられる前に循環不全死してしまいます.
頻脈や血圧低下にはたくさんの原因がありますが,心疾患症例では,脱水早期からVolume depletion,循環不全の徴候に注意が必要になるわけですね.
■まとめ
➤脱水の意味は,ミイラ状態Dehydrationと血管内脱水volume depletionがある.
➤血圧が下がったり,頻脈になるのは,はVolume depletionの徴候.
脱水(volume depletion)で血圧が下がるからには,前負荷が下がって心拍出量が低下していると考える.
➤Dehydrationのときは,たいていVolume depletionもある
脱水を,これらの考えで分類するのではなく,1連の病態での表現型としてとらえる.
➤干からびていなくても,その前にVolume depletionは起き,脈拍上昇や血圧低下が起きるうる.
いわゆる脱水のイメージであるDehydrationは,カラッカラなイメージだと思うが,Volume depletionはそうでもないこともある.
とくに心疾患症例では,Volume depletion,つまり前負荷不足による頻脈や血圧低下を容易に来たしやすいので注意が必要.
熱くなって書くこと多くなりすぎましたが,一番伝えたかったことは
"イメージしやすい脱水"は「ミイラ状態Dehydration」
だけど
「頻脈!血圧が下がる!」て騒いでる脱水は,前負荷不足Volume depletionによる循環の応答だよ
ってところです.
今回の話は以上です.
本日もお疲れ様でした.
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