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B2B SaaSスタートアップへのコロナ影響は最小限?39社への実態調査レポート

2020年初から始まった、COVID-19(新型コロナウイルス)は世界的に大きな脅威をもたらしています。COVID-19による、社会的・経済的な影響はグローバルに甚大なレベルとなっており、国内においても、コロナ禍で多くの上場企業の業績が悪化し、景気後退の可能性さえも指摘されています。

国内B2B SaaS スタートアップ各社にも、少なからず影響が出てきており、このような背景を受けて、DNX Venturesと米国セールスフォース・ドットコムの戦略投資部門であるSalesforce Ventures(セールスフォース・ベンチャーズ)は10月13日に、国内B2B SaaS スタートアップ企業39社を対象とした「新型コロナウイルスのSaaS企業への影響に関する実態調査」の結果を発表しました。

調査概要

本調査は、DNX VenturesとSalesforce Venturesが共同で両者の出資先である、国内のB2B SaaSスタートアップ企業を対象に実施したものです。4月にSalesforce Venturesは米国出資先であるEnterprise Technologyスタートアップ66社を対象に同調査を実施しており、今回同様のアンケートを国内SaaSスタートアップを対象に、実施する形となりました。

本調査においては、主に下記2つの軸から、新型コロナウイルスの、国内B2B SaaSスタートアップ各社への影響、それに対する各社の対応策について調査しました。

従業員 (Taking care of your Employees)
事業 (Taking care of your Business)


1. 従業員 (Taking care of your Employees)

まずは勤務環境についてです。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、海外諸国と比較してリモートワーク比率の低かった日本企業も、コロナ禍においては軒並みリモートワークにシフト。「リモートワーク/在宅勤務」という言葉も大分世間に浸透したかと思われます。伝統的な大企業と比較した際に、スタートアップ各社は相対的に、リモートワーク比率も高いと想定されますが、今回アンケート対象となったB2B SaaSスタートアップ39社においても、コロナ前後で大幅な変化が見られました。コロナ前に、ほぼ完全リモートワーク(=従業員の75%以上が在宅勤務)だった会社は約3%のみでしたが、コロナ後においては、同比率は82%以上に上昇しました。コロナ後の米国における同比率は95%と日本よりも高い水準でしたが、米国スタートアップは既に一定程度のリモートワーク文化が浸透していることに加え、日本特有のハンコ文化などが日米の差の要因と想定されます。

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また、国内B2B SaaSスタートアップ各社も、コロナ禍でリモートワーク体制を構築しており、更に過半数の企業(64%)が「リモートワークで会社全体の効率性が上がる」と回答しました。こちらの数値も米国スタートアップ(同: 88%)よりはやや見劣りしますが、米国各社は先駆けてリモートワーク体制を構築していたことに加え、日米で社員のリモートワークに対する抵抗 / 慣れに差があったのではないかと推察します。それでも、日本経済新聞が経営者100人(主に国内の上場企業)を対象に調査したアンケートでは、「リモートワークにより生産性が向上する」と回答したのは2割に留まっており、リモートワークに関しては、B2B SaaSスタートアップが日本においてはかなり先進的であることが分かります。また、SaaS企業のビジネスモデル・企業文化はリモートワークとの親和性が相対的に高いとも言えるのではないでしょうか。今後もSaaS各社は一定水準のリモートワーク比率を維持すると予想されますが、その過程において、リモートワークによる生産性・効率性も更に向上すると想定します。

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次はコロナ禍における、従業員とのコミュニケーションです。

リモートワークにおける各社の大きな悩みとして「コミュニケーションの量・質の低下」が挙げられるかと思いますが、国内B2B SaaS スタートアップ各社はどのようなコミュニケーション施策をとっていたのでしょうか。Face-to-Face (対面)の時間が大幅に減少した中で、今回のアンケート対象の半数近い会社(44%)が、「ほぼ毎日ビデオ会議などによる全社MTG / All-handsを開催」していたとのことです。因みに、米国の同比率は約15%でした。もちろんアンケート対象企業のステージ(米国アンケートの約45%はシリーズC以降の企業)・従業員数の差はあると思いますが、少なくともコロナ禍においては、国内各社は社員との円滑なコミュニーション体制の構築にかなり注力していたことを示唆しているのではないかと思います。複数の企業は、実際「会社の方向性を見失う」リスクを懸念し、経営陣が自ら定期的にブログ・動画を通じて、社員全員に経営陣の考え、経営状況、会社のMission/Valueを発信していました。

また、従業員とのコミュニケーション以外においても、国内各社の44%が、コロナ禍において社員同士の繋がりを強化する施策を実施、また30%の会社が社員のモチベーション向上に関する取り組みも行っていると回答しています。社員同士の繋がりを強化する施策として、複数の企業が、社員同士のオンラインランチ/飲み会の機会を提供していました。従業員同士のFace-to-Faceの時間が減り、不必要な外出も減るといった未曾有のコロナ禍で、各社が如何に従業員のメンタルケアを重要トピックとして捉えているかが伺えます。米国各社も社員同士の繋がりの促進・モチベーション向上に向けた施策に取り組んでいると回答しており、従業員のメンタルケアはグローバルレベルで、各社取り組まないといけない重要トピックであることを再認識する結果となりました。

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2. 事業 (Taking care of your Business)

一般的に「SaaS事業は不況に強い」と言われておりますが、実際COVID-19は国内B2B SaaS各社の事業にどのような影響を与え、各社はどのような対応策をとっていたのでしょうか?

まずは営業戦略です。以前弊社のブログでも、COVID-19などの不況時においては、顧客ターゲティングの再考がより重要であると述べました。実際、今回のCOVID-19においては、SMBに加えて飲食業/サービス業などの業績は相対的に大きな影響を受け、チャーン率(解約率)も高くなっている中、EC / ヘルスケアなどの業種にとっては逆に追い風となりました。このような状況を受けて、実際B2B SaaS スタートアップの大半(51%)が「コロナの影響が相対的に少ない顧客業界へフォーカス」していると回答しました。特にHorizontal SaaSといわれる、特定の業界・業種に関係なく業務課題を解決するSaaS企業にとっては有効的な戦略なのではないかと考えます。

またこのような不況時においては、業種に関わらず、新規顧客の開拓・商談のハードルも上昇することに加え、全体的な営業サイクルもより長くなる傾向にあります。従って、SaaSの最も重要なアセットである、既存顧客のリテンションの重要度はより増します。今回のアンケート回答社の約半数(46%)がやはり、「既存顧客のアップセルへ注力」したと回答しています。

また「既存顧客へのアップセル」と同じ比率(46%)の会社が「エンタープライズ向け営業に注力」したと回答しています。不況環境においては、キャッシュ水準が安定しているといったエンタープライズ企業の方が、相対的に体力もあることから、チャーンしにくいことに起因します

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次に、本年度の事業見通しについてです。コロナ禍においては、多くの上場企業が業績予想を下方修正しております。帝国データバンクによると、2020年8月31日時点で、新型コロナウイルスの影響を含む要因によって業績予想の下方修正(連結・非連結)を発表した上場企業は、1,000社を超えるとのことです。また下方修正を行ったことで減少した売上高の合計は、約9.6兆円と如何にコロナの経済的インパクトが大きかったかが伺えます。

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(出所: 帝国データバンク)

そんな環境下、国内 B2B SaaS スタートアップの33%は、通期見通しがコロナ前対比で「増加/変化なし」と回答しており、「25%以上減少」すると回答した会社も僅か18%に留まりました。国内企業全体で見ても、SaaS スタートアップ各社の見通しは相対的にかなり底堅かったと言えるのではないでしょうか。SaaS企業の業績の下支え要因のひとつとしては、DX (Digital Transformation)推進トレンドが挙げられると思いますが、各社この未曾有な時期において、臨機応変に対応していたことも大きく寄与したと思われます。

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それでは通期ではなく、より細かい四半期ごとの決算の場合はどうだったのでしょうか。本調査では、下記2四半期の決算について調べました。

2020年2-4月実績 (コロナ渦中の過去)
2020年5-7月見通し (コロナ渦中の現在)

2020年2-4月については、「当初計画の75%以上を達成」と6割を超える会社が回答しましたが、2020年5-7月においては、「当初計画の75%以上を達成」と回答した会社は46%とQoQでは減少していることが見てとれます。これは4月7日に日本各部で緊急事態宣言が発動されるなど、コロナ状況が4月以降に深刻化した影響が大きいと推察されます。

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それでも興味深いことに、約5割の会社が、2020年3月上旬以降の新規顧客の営業パイプラインについて「増加/変化なし」と回答しており、SaaSビジネスの底堅さが現れている結果となりました。実際コロナ禍、対面営業や展示会などは中止となり、コロナ当初は商談数全体的に減少した企業も多かった模様ですが、各社Zoomをはじめとしたオンラインビデオ会議ツールを通じたオンライン商談/オンラインセミナー等を効率的に活用することで、足元の商談数はコロナ前以上の水準に回復している会社も多かった模様です。

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次にSaaS企業にとって、最も重要な指標のひとつであるGross Churn Rate (Gross Churnとは解約+減約が金額ベースでどの位の割合発生したか、を示す指標です)はコロナ禍でどのように変化したのでしょうか。今年度通期のGross Churn Rateについては、37%の企業が「変化なし」と回答しており、「10%以上増加(悪化)」と回答したのは11%に留まり、コロナ禍で各社Gross Churn Rateは微増(=少々悪化)程度までに抑え込めているという印象です。その一方で、顧客セグメント別で見てみると、やはりSMB顧客のGross Churn Rateが相対的に厳しい見通しであることが分かります。

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また、多くの会社がポジティブに回答したのは今後の成長機会についてです。約7割の企業が「コロナ環境下で、自社の新たな収益機会を見出せた」と回答、そしてほぼ全社が「DX推進が自社の追い風になる」と回答しています。足元、日本では「DX」「働き方改革」「生産性向上」「ペーパーレス化」などのキーワードがよく聞かれるようになりましたが、多くのSaaS企業のサービス・プロダクトは従来これらのキーワードにかなり合致していることから、需要も伸びており、SaaS各社が自社事業の成長機会としてポジティブに捉えていることが分かります。

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今回の「新型コロナウイルスのSaaS企業への影響に関する実態調査」では、コロナのSaaS企業への具体的な影響・それに応じる各社の対応策について理解を深めることが出来たと同時に、SaaS企業による今後のDX推進への更なる寄与が期待できる結果となりました。

本調査にご協力いただきました、DNX Ventures / Salesforce Ventures 投資先経営陣の皆様、誠にありがとうございました。


(文・MinJoon Choi / 監修・倉林 陽)


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