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インダストリーSaaS企業のFintech戦略について

2021年9月21日にレストラン業界特化のToastが191億ドル(約2兆4千億円)の大型IPOを実現したように、海外では「インダストリーSaaS」が引き続きSaaSの中で注目領域の一つであり、今でも多くのインダストリーSaaSがプライベートマーケットで成長を続けています。DNXの投資テーマとしてもインダストリーSaaSは引き続き注目領域の一つですが、昨今の海外のトレンドを追っているとインダストリーSaaSスタートアップがFintech領域に進出する傾向が強まっています。今回は、“Industry SaaSシリーズ”の連載第2回として、海外のインダストリーSaaS企業のFintech戦略について概観をご紹介したいと思います。

こんな疑問をお持ちの方のお役に立てると思います。

  • インダストリーSaaS企業はFintech領域でどのようなプロダクトを出しているのか?

  • インダストリーSaaS企業の中でどのような会社がFintech領域に進出しているのか?

  • インダストリーSaaS企業はどのような座組みでFintech領域でプロダクトを展開しているのか?

  • SaaSからFintech領域に進出するにあたってどのようなステップでプロダクトを展開すれば良いのか?


サマリー

  • 海外インダストリーSaaSプレイヤーの多くはFintechの中でも特にPayment(支払い)とLending(融資)にFocus

  • Fintechプロダクト開発は全て内製化ではなく、銀行やFintech ベンダーとの提携がポイント

  • ShopifyやToastなどの小売領域の海外インダストリーSaaSプレイヤーはPayment及び他SaaS機能を通じて取得したデータとのシナジーが見込めるLending領域に進出

  • SaaSをベースにFintechプロダクトを提供することで、よりTAMが広がり、重層的なエクイティストーリーを描くことが可能


本リサーチの概要

本記事で使用されている「インダストリーSaaS」の定義については以下の通りです。

「インダストリーSaaS」の定義
特定の産業・業界向けにSaaS事業を一部でも提供している

再掲になりますが、海外だとVCによっては特定の職種向けのSaaSがVertical SaaSとして含まれておりますが、本記事での「インダストリーSaaS」では特定の職種向けのSaaSはリサーチの対象にしていません。

主な情報ソースは以下の通りです。

  • データベース

    • Crunchbase、CBInsight、Pitchbookなど

  • ウェブサイト

    • 主要スタートアップニュース記事

    • 米主要VC記事(A16z、Bessemer Venture Partnersなど)

    • 各インダストリーSaaSプレイヤー企業ウェブサイト、IR情報

それでは早速見ていきましょう。


Fintech

まずはFintechといっても広いので、海外のインダストリーSaaS企業が具体的にどのような領域でFintechのプロダクトを提供しているか見てみます。

以下はa16zのKristina Shen他が出している「Fintech Scales Vertical SaaS」でのカテゴリーをベースに、海外の著名なインダストリーSaaSプレーヤーがどこに位置するか分類したものですが、これを見ると多くのインダストリーSaaSプレイヤーがPayment(支払い)とLending(融資)の領域で事業展開していることがわかり、特にShopify、Toast、Service Titanといったレイターステージないし上場済のスタートアップが、PaymentとLendingの両方の領域で事業展開していることがわかります。
また、建設や小売、自動車業界向けのインダストリーSaaSプレイヤーがPaymentとLendingサービスを双方提供しているのに対して、VeevaやCedarなどヘルスケア領域のインダストリーSaaSプレイヤーはPayment領域のみを対象にしていることも印象的です。

基本的にはTAM(Total Addressable Market)の大きさで考えるとPaymentとLendingの市場規模が大きく、顧客ニーズの観点からも最終消費者向けの支払機能実装や融資機能のニーズが比較的高い為、この二つの領域に集中していると考えられます。

それでは、これらのインダストリーSaaSプレイヤーはどのような形でFintech領域に進出してきたのでしょうか?以下は海外のインダストリーSaaSプレイヤーのFintech領域でのビジネス展開について分類してみたものですが、大きく分けて3つの世代に分けられると考えられます。
第一世代はProcoreやShopifyのようなインダストリーSaaSの先駆者が該当し、これらの企業は基本的にApp Marketplaceで外部のFintechベンダーと連携することでFintech機能を提供しています。(Shopifyは一部自社開発)
第二世代としては、Service TitanのようにSaaS機能を一定開発した後でFintech領域に進出するインダストリーSaaSプレイヤーが見られます。
直近の第三世代(All-in-One型)は、SaaSプロダクトをローンチする際にPayment Enablement機能も含める形でプロダクトローンチしている傾向があります。Toastは2013年の初期からPayment機能を実装してプロダクトをリリースしている為、All-in-One型の先駆けと言えます。

Payment:外部パートナーとの連携が開発の鍵に

これらを踏まえて、主要な領域であるPaymentとLendingにフォーカスしてみたいと思います。海外のインダストリーSaaSを見てみると、Paymentと言っても最終消費者からの支払機能を実装させるB2C型のPayment機能と、SaaSユーザー企業からサプライヤーの支払を可能にするB2B Paymentに分けることができます。後者はまだまだ事例も少なく、本リサーチでは建設業界特化でFintech含めたSaaSを提供するアメリカのBuiltしか事例が見つかりませんでしたが、B2C Payment機能の提供については小売、外食、ヘルスケア、建設など幅広い業界でインダストリーSaaSプレイヤーが参入していることがわかります。

尚、開発という面ではインダストリーSaaSプレイヤーは必ずしも全ての機能を内製化して開発している訳ではなく、例えばService Titanに関してはゲートウェイ機能やプロセッサー機能は外部パートナーと連携していることから、いかに上手く外部パートナーと提携できるかがFintech領域への進出に関する一つのポイントだと考えられます。
実際にMckinseyが書いた「The 2021 Mckinsey Global Payments Report」によると、銀行系企業がFintechスタートアップと提携する領域としては、Digital Account Openingが第一位、それに次いでPaymentとLendingが位置しています。

Lending:SaaSで取得したデータをレバレッジしたプロダクト展開

Lendingも見てみましょう。LendingもPayment同様に、最終消費者向けの融資サービスをEnablementする機能をインダストリーSaaSが提供しているB2Cと、ユーザー企業がインダストリーSaaSプレイヤー経由で銀行から融資をしてもらえるようなB2Bの二種類に分けられます。基本的にはインダストリーSaaSプレイヤーは銀行やFintechベンダーと連携してサービスを提供しており、セクター毎の傾向値としてはService Titanのような建設セクターではB2C Lendingが多く、一方で小売や外食ではB2B Lending機能をインダストリーSaaSプレイヤーが提供しているケースが見られました。考察としては、建設関連だとリフォームやエアコン設置など最終消費者の負担金額が可処分所得に対してインパクトが大きいので最終消費者のLendingニーズが高い一方、外食や小売では基本的に顧客がSMB(中小規模事業者)になり、日々の運転資金を賄うための融資ニーズがあるので斯様な傾向値が出ているものと思われます。

もう少し踏み込んでみましょう。B2B Lendingの領域ですとShopifyとToastが代表的な事例となりますが、特徴としては以下が挙げられます。 

Shopify及びToastのB2B Lending特徴

•  顧客企業はインダストリーSaaSが提供する
 SaaSサービスを一定期間利用している必要あり
•  顧客企業の過去の売上実績をベースに融資可能金額や支払割合を決定
•  融資申込から審査に要する期間は1週間未満

顧客目線で見てみると、既存の銀行融資よりも早く審査が終わり着金も早いので、顧客目線ではより柔軟に資金繰りを考えられることが顧客価値になっていると考えられます。また、インダストリーSaaSプレイヤー目線では、CRMやPaymentなどの従来のSaaSのコア機能で獲得した売上データを利用して融資可能金額や返済スケジュールを計算していることからも、既存のプロダクトとのシナジー有無もインダストリーSaaSプレイヤーがFintech領域に進出する際の鍵になりそうです。

Case Study:Fintechを活用することで重層的なエクイティストーリーを描くことが可能に

最後に、今回紹介したToastとService Titanのプロダクトロードマップに少し触れたいと思います。以下プロダクトロードマップを見てみると、ToastはそもそもPOSを起点としたレストラン向けのAll-in-One SaaSであることを強みとしていることから、POSを起点に毎年細かい機能を開発していることがわかるのに対して、Service Titanは元々中小の工務店向けのCRM機能をプロダクトの主軸にしていたことから、比較的大型の機能を年に1-2個リリースしています。双方SMBを対象にしているという共通項はあるものの、これらを踏まえると、インダストリーSaaSは対象とする業界によってSaaSおよびFintechのプロダクトロードマップは大きく変わってくるものと考えられます。

Fintech機能に関しては、特にToastを見てみると初期からPayment機能を開発していることがわかります。2019年にToast CapitalというLending機能を開発していますが、Payment機能の提供を通じて顧客企業の入金データを蓄積することで、先述した顧客データをレバレッジしたLendingプロダクトを開発できたものと思われます。同社の2021年Q4のIR資料を見てみると、結果として今ではSaaSの売上よりもPayment含めたFintechプロダクト由来の売上が半分以上を占めています。こうした事例からも、一定程度顧客をLock Inできている前提においては、特にLendingサービスは売上や粗利を伸ばすことができる有効な手段となり、結果としてTAMを広げ、厚みのあるエクイティストーリーを展開する一つの手段となりそうです。

終わりに

今回はアメリカを中心とした海外のインダストリーSaaSがどのようにFintech領域に進出しているかを見てみましたが、日本のインダストリーSaaSプレイヤーでFintech領域に本格的に参入しているプレイヤーはまだまだ少なく、今後各プレイヤーが本格的に参入していくものと考えています。インダストリーSaaSではSaaSの初期市場が限定的になるケースがあり、その場合はSaaSプラットフォームを活用したフェーズ2のビジネスをどう立ち上げるかが重要なポイントとなりますが、海外のインダストリーSaaSプレイヤーのような大型の資金調達を実現する上では海外機関投資家やPEファンドなどからの調達は避けて通れない道であり、その為の一つの手段としてSaaSからFintech領域に進出することは、対象市場を大きくし、投資家をAttractする観点でも有効な手段と考えています。我々DNXとしても、引き続きSaaSの延長線上でFintech領域は注目していきますので、当該分野の起業家の方や起業を考えていらっしゃる方は、壁打ちでも良いので是非気軽にご連絡ください。


(文:小澤祐介 / 監修:倉林陽)


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