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論文「TED Talksのデータを検索して英語を学ぶ、教える、研究する」の紹介

今回は、以前私が書いたこちらの論文を紹介します。

野中大輔 (2021)「TED Talksのデータを検索して英語を学ぶ、教える、研究する : TED Corpus Search Engineの可能性」『東京大学言語学論集』第43巻, 183−205.

英語プレゼンテーション動画のTED Talksとその検索システムTED Corpus Search Engineを取り上げた論文で、上のリンク先から無料でダウンロードすることができます(リンク先の「ggr_043010.pdf」が論文のファイルで、「ggr_043010_errata.pdf」が正誤表のファイルですので、両方あわせてダウンロードしていただければと思います)。以下、この論文を「野中(2021)」と表記することにします。

論文という形を取っていますが、研究者だけでなく一般の英語学習者、英語教師の方にも読んでいただけるように、できるだけわかりやすく書きました。多くの方に読んでいただけたら幸いです。この記事では、単なる論文紹介ではなく、TED Talksとは何かを説明したり、論文出版後の出来事に触れたりもしています。また、野中(2021)では扱っていなかった検索例も載せているので、すでに論文を読んでくださった方にも、楽しんでいただける部分があるのではないかと思います。


TED Talks とは

まず、TED Talksについて確認しておきましょう。TED Talksとは非営利団体TEDが提供する英語のプレゼンテーション動画です(YouTubeでも視聴できます)。動画の内容がおもしろいだけでなく、英語字幕(音声の書き起こし)と複数の言語の翻訳字幕が用意されているため、学習教材として利用しやすいでしょう。試しに1つ見てみたいという方は、Derek Sivers氏の "How to start a movement" という動画はいかがでしょうか。2分半の短い動画で、リーダーだけでなく、リーダーといっしょに行動するフォロワーも重要であることが語られています。

TED Talksは英語学習書で紹介されたり大学の英語教材として利用されたりする機会が増えているため、ご存じの方も多いのではないかと思いますが、最近では言語学の文献でTED Talksが扱われることもあります。TED Talksを扱った文献は野中(2021)の第2節で紹介しています。

TEDの動画には、TED Talks以外にも様々なものがあります。ここではプレゼンテーション形式でない動画としてTED-Edに触れておきます。TED-Edはナレーション付きのアニメーション動画です。科学、歴史、社会問題などを5分程度で解説する動画で、動画視聴後に取り組むための問題なども用意されています。TED-Edでも英語字幕、翻訳字幕が利用できます。2023年にTED-Edの日本語音声版も公開されたので、さらに利用の幅が広がったと言えるでしょう。以降は、TED関連の動画をまとめて言及するときにはTED動画と呼ぶことにします。TED動画から英文を引用する場合は、TEDのウェブページで公開されている日本語字幕もあわせて引用します(ただし、太字の強調は引用者によるものです)。

TED Corpus Search Engine (TCSE) とは

TED動画に出てくる言語表現を検索できるシステムがTED Corpus Search Engine(TCSE)です。TCSEは同志社大学の長谷部陽一郎先生が開発されたもので、誰でも無料で利用できます。利用登録などもなく、アクセスしてすぐに検索が行えます。検索画面はもともと英語で表示されていましたが、2022年9月のアップデートにより、日本語でも表示することが可能になりました。

TCSEの検索画面(「表示言語」の項目で、英語・日本語の変更が可能)

TCSEのウェブサイトには、開発者である長谷部先生ご自身が書かれた論文へのリンクがあります。また、TCSE関連文献をまとめたページが2022年に作成されました。野中(2021)もこちらに載せていただいています。

なお、TED Corpus Search Engineの名前に含まれているcorpus(コーパス)とは、実際に使用された話し言葉や書き言葉を集めてコンピュータ上で検索可能にしたもののことで、TCSEはTED動画に特化したコーパスということになります。TCSEのコーパスとしての性質については、野中(2021)の第3節で扱っています。

ここでは、TCSEの検索例を3つほどお見せしたいと思います(検索例1と2は 野中(2021)に載せていないもの)。

検索例1

先ほど紹介したDerek Sivers氏の動画に "But let's recap some lessons from this."(教訓をおさらいしましょう)という表現が出てきますが、たとえば、このrecapの使い方について調べたいと思ったとします。その場合は、TCSEで【recap】と検索してみましょう(【 】の表記で検索ボックスを表しています)。そうすると、"Let's recap …" を含む動画が複数見つかり、Let'sが付いた形でよく使われていそうだと気づくことができます。また、"a quick recap" という例もいくつか見つかります。このような形容詞との組み合わせも覚えておくとよさそうですね。

検索例2

次に、TED-Edの動画 "The Atlantic slave trade: What too few textbooks told you" に出てきた表現を見てみます(大西洋で行われた奴隷貿易がテーマです)。

Thus, slavery in Europe and the Americas acquired a racial basis, making it impossible for slaves and their future descendants to attain equal status in society.
こうしてヨーロッパとアメリカ大陸の 奴隷制度に差別的な土壌が定着し 奴隷自身も その子孫達も 社会的に平等な地位を得ることが できなくなったのです

Anthony Hazard, "The Atlantic slave trade: What too few textbooks told you"
アンソニー・ハザード「大西洋奴隷貿易:教科書では教えてくれない事」

この英文の後半部分に "make it 形容詞 (for X) to 動詞" の構文が用いられています。この場合のitはいわゆる仮目的語と呼ばれるもので、あとでto不定詞が用いられることの合図になっています(for Xはto不定詞の意味上の主語を明示するための表現です)。今回の例では "make it impossible for X to 動詞" で「Xが~するのを不可能にする」という意味になっており、これが分詞構文で用いられています。

TCSEで "make it 形容詞 (for X) to 動詞" の例を探すには、どうすればよいでしょうか。TCSEでは「アドバンスト・サーチ」という項目にチェックを入れると、品詞情報などを利用した高度な検索ができます。"make it 形容詞 (for X) to 動詞" の用例を探すための検索式としては【[make]{v} it {j} * to {v}】などが考えられます。[make] =makeの全活用形、{v} =動詞、{j}=形容詞で、[make]{v} のようにすることで、makeの品詞指定をしつつ全活用形を含めています(ここでは [make] と {v} の間にスペースを入れていません。スペースを入れると2単語扱いとなり、[make] の後に {v} が現れる例を検索していることになります)。検索式に * を入れることで、その部分に何かしらの語句が入る例を検索対象に含めています。検索式に用いる記号については、TCSEの「アドバンスト・サーチについて」「アドバンスト・サーチのシンタクス」を見てみてください。

TCSE「アドバンスト・サーチについて」「アドバンスト・サーチのシンタクス」

【[make]{v} it {j} * to {v}】で検索すると、以下のような例が見つかります。

Our grandparents' generation created an amazing system of canals and reservoirs that made it possible for people to live in places where there wasn't a lot of water.
私たちの祖父母の世代は 驚くべきシステムを作り上げました 運河や貯水池を用いて 水が豊富ではなかった土地でも 人々が住むことを可能にしました

David Sedlak, "4 ways we can avoid a catastrophic drought"
デイビッド・セドラック「壊滅的な水不足を避ける4つの方法」

この例ではpossibleという形容詞が用いられています。先ほど見た例ではimpossibleが用いられていました。こういった例を収集していくと、possible/impossibleは "make it 形容詞 (for X) to 動詞" の構文でよく用いられる形容詞であることがわかります。もしこの構文でpossible/impossibleをよく見るとすでに気づいていた方は、他にどのような形容詞が用いられやすいかも予想してみてください。そして、実際にTCSEを検索して確かめていただけたらと思います。

ここで "…, making it impossible for slaves and their future descendants to attain equal status in society" の例に戻り、今度は分詞構文の部分に着目してみましょう。分詞構文には様々な用法がありますが、上記の表現に近い例を英文法書で探すと、以下のようなものが挙げられます。

The typhoon hit the city, causing (= and caused) great damage.
台風が市を襲い、大被害を与えた。

江川泰一郎『英文法解説』金子書房(p. 344)太字は原文ママ

江川泰一郎氏の『英文法解説』において、この例は〈付帯状況〉の一種として扱われていますが、"The typhoon hit the city" と "causing great damage" の関係は原因・結果になっていますので、「〈結果〉の分詞構文」のように呼ぶとよさそうです。

実は、"make it 形容詞 (for X) to 動詞" は〈結果〉の分詞構文で用いられることも多く、"…, making it 形容詞 (for X) to動詞" のような形で覚えておくことも大切です。このパターンをTCSEで探す場合は、カンマも含めて【, making it {j} * to {v}】のように検索するとよいでしょう。カンマを含むような例を検索する場合は、検索画面にある「拡張セグメントを表示」という項目にチェックを入れておいてください

検索例3

TCSEでは翻訳字幕からの検索もできます。たとえば日本語字幕に【してください】が含まれる動画を検索し、どのような英語表現が「~してください」と訳されているか見てみる、といった使い方もできます。うまく使えば、英語以外の外国語の学習にも生かせるでしょう。翻訳字幕を検索する場合は、検索画面の「検索対象」で対訳言語を選んでください。翻訳字幕の検索について、野中(2021)では軽くしか触れていませんが、TCSEで英語の依頼表現を検索する場合については第5節で扱っているので、参考にしていただける部分があるかと思います。

以上、3つほど検索例を紹介しました。この他の検索例や検索上の注意については、野中(2021)の特に第4節と第5節を見ていただければと思います。

英語学習、英語教育、英語研究

最後に、野中(2021)の第6節に触れたいと思います。野中(2021)は、TED TalksとTCSE を紹介し、英語学習、英語教育、英語研究においてTCSE が持つ可能性について取り上げた論文ですが、第6節では、TCSE の利用にとどまらず、より広く英語学習、英語教育、英語研究がどのようにつながっているのかについても話をしています。一部引用します(太字を追加)。

英語学習、英語教育、英語研究の関係と言うと、「しっかりとした英語力のある人が英語を教えるべきだ」といった主張に見られる〈英語学習→英語教育〉の関係か、あるいは「英語学の成果を英語授業に生かそう」という〈英語研究→英語教育〉の関係について言及されることが多い。しかし、このような一方的な関係性だけを語ることは、授業を通して英語教師が得るものがあること、それが英語学習や英語研究に還元されうることを見えづらくしてしまうのではないだろうか。〈英語教育→英語学習、英語研究〉という関係についてもっと語られる必要があるように思われる。

野中(2021)の第6.3節(p. 201)

上の引用にある〈英語教育→英語学習、英語研究〉の実体験として、論文に書いていなかったものを1つ紹介します。

本記事の初めのほうで、Derek Sivers氏の "How to start a movement" を紹介しました。だいぶ前のことですが、私は大学の授業でこの動画を取り上げたことがあります。この動画には次のような表現が出てきます。

Now, if you notice that the first follower is actually an underestimated form of leadership in itself. It takes guts to stand out like that. The first follower is what transforms a lone nut into a leader.
最初のフォロワーというのは 過小評価されていますが 実はリーダーシップの一形態なのです こんな風に目立つだけでも 勇気がいります 最初のフォロワーの存在が 1人のバカを リーダーへと変えるのです
(中略)
The biggest lesson, if you noticed -- did you catch it? -- is that leadership is over-glorified.
お気づきになったでしょうか? 最大の教訓は リーダーシップが 過大評価されているということです

Derek Sivers, "How to start a movement"
デレク・シヴァーズ「社会運動はどうやって起こすか」

過小評価と過大評価という対比がなされていますが、それを表すのにunderestimated/over-glorifiedという表現が用いられていることに興味を持ちました。under-とover-が接頭辞として用いられていて、これらの表現をunder-V-ed/over-V-ed(Vは動詞、-edは過去分詞)と表記すると、Vの部分に別の動詞を使いながら対比を行っている、とまとめることができ、この点がおもしろいと思いました。

授業では接頭辞under-/over-の用法を一通り解説し、underestimated/over-glorifiedの対比について触れましたが、もっとこの表現のおもしろさに迫りたい、それを解説できるといいだろうなという気持ちもあり、授業が終わった後も関心を持ち続けていました(私が単に趣味としてTED Talksを見ていた場合、under-V-ed/over-V-edにそこまで注意が向いていなかったかもしれません)。その後、普段の英語学習でもこの種の表現をよく観察するようになり、理解が深まってきたところで、本格的に研究をすることにしました。この研究の成果は、以下の論文にまとめています。

野中大輔・萩澤大輝(2019)「語形成への認知言語学的アプローチ: under-Vの成立しづらさとunder-V-edの成立しやすさ」岸本秀樹(編)『レキシコンの現代理論とその応用』127−152. 東京: くろしお出版.

この論文では、under-V-ed/over-V-edで異なるVが用いられる例に触れ、言葉遊びのようになっている場合があったり、under-V-ed単体では使いづらくてもover-V-edと並べることで使いやすくなる場合があったりすることなどを指摘しています。論文で引用した例を3つ載せておきます。

● As she heads for her date with overstuffed washing machines and underheated dryers […]
● So when she and I were both feeling overworked and under-relaxed […]
● They are pampered, overeducated, undercivilized children […]

野中・萩澤(2019)がCorpus of Contemporary American Englishから引用した例(p. 148)

授業だと普段よりも注意深く英文に向き合うことになり、その結果、興味深い点に気づく。そして、それが英語学習、英語研究につながる。こういったことは、たびたび起こります。野中(2021)の第6節では、これとは別の実体験を紹介しながら、〈英語教育→英語学習、英語研究〉というつながりにおいてTCSEが有用であることを書いていますので、この部分も読んでいただければと思います。

なお、先ほど挙げた論文では、over-Vは成立してもunder-Vは成立しない場合があること、under-Vは言いづらくてもunder-V-edだと言いやすくなる場合があること、などを取り上げています(この論文は、野中(2021)と違って専門性は高くなっています)。ツイートを閲覧可能な方は、以下のツイートも併せて読んでいただけたら幸いです。

[補足]
本記事は2023年7月時点の情報に基づいて執筆しています。TED動画やTCSEについては、今後変更が加えられることがあるかもしれません。その場合は最新の情報を参照していただければと思います。

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