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日本の後進性は経済に非ず

日本が経済的に貧しくなったとして「もはや後進国」みたいなことを言う人がいるそうです。
これに対しては、いろいろツッコミたくなりますね。
まず、GDP が中国とドイツに抜かれたからといって、依然として世界第 4位の生産力を誇る国が「経済的に貧しい」ってありえますか?

2009年まで世界第 2位だったのが、この 15年で 4位に転落したことから、 “相対的に” 貧しくなったとは言えそうですが、そもそも経済力を測る指標が GDPでいいのか?という問題もあります。

いやもっと言えばですね、先進国とか後進国って経済力で決まるの?という根本的な疑問があります。
IMF や世界銀行の定義によれば、先進国 (Developed Countries) の基準となるのは、1人当たり所得、技術力、生活水準、工業化水準、インフラなど。
ほらね。時代錯誤感ありまくりでしょ?

この定義なら日本は先進国でしょう。
しかし、先進性とは人々の価値観や精神の成熟度で定義すべきものだと私は考えていて、その意味において、日本の後進性を指摘したいと思いました。


長時間労働

まずはわかりやすいやつから。
日本人が勤労である、という国民性はけっこうなことですが、働き方改革がイマイチ進まないことは明らかな後進性を表すものだと思います。
週休 1日が週休 2日になったのなら、次のステップが週休 3日になるのはごく自然な流れでしょうに。
週労 40時間などという根拠のない制度をいつまで続けるつもりなのか。

一部の会社が週休 3日制を試行しているようですが、就労 40時間を維持するために 1日の労働時間を長くしたり、労働時間の短縮に応じて減給したりとか、それではなんの進歩もないじゃないですか。
日本の会社はアホなのですか?

また、労働は時間の問題だけではありません。
いまひとつ重要なのは強度です。
仕事そのものの辛さ・強制度・密度は少ないほどいい。誰もがそう感じているのではないでしょうか。
だから、労働時間の短縮だけでなく、労働をラクに、楽しくする方向に世界は向かいつつあるのです。
気が向いた時間に会社に来て、気の合う同僚と談笑しながら、必要最小限の仕事をゆっくりこなし、帰りたくなったらいつでも帰れる。これはもはや従来の “労働” ではありません。

日本を含むアジアの後進国は、労働を辛く過酷なものという地位に押し留めたいのでしょうか。
今の仕事が好きな人もそうでない人も、立ち止まって考えてみてほしいのです。労働時間はもっと短くできるし、ワークは楽しいライフの一部になっていいということを。
そうなってこそ先進国と言えるのではないでしょうか。

ルッキズム

これは世界的な趨勢だと感じている方もおられるかもしれませんが、日本、韓国、中国、台湾といった一部アジア諸国に顕著な後進性だと言えます。

まず、人を見た目で判断するのは幼稚性の表れです。
同様に、人から好かれるために容姿を美しく見せようとすることは、己の劣等性を示す営みだと思います。
そもそも、人間の顔や体型や装飾に美の基準などありませんよね。それらが商業的に作られた虚構でしかないことくらい、ちょっと考えたらわかることでしょうに。
それをわかったうえで、経済的な成功を収めるために外見の美(という恣意的なカタチ)を追求する姿勢は、ある意味で合目的的ですが、それによって得る支持や求愛の空虚さはいずれ知るところとなりましょう。

かの美容整形大国が後進性を露呈しているのはわかりやすい例ですね。

また、アンチエイジングとかいう名の若作り信仰も日本特有だと思います。
生き物として自然な老化を止める努力と、しなやかに受け入れる生き方と、どちらが人としての成熟を表しているでしょうか。

テック信仰

デジタルデバイスや新手のネットサービスにハマるのは、後進国の住人に典型的な症状です。
まず、ハイテクなるものに免疫がないから、無邪気に飛びついてしまう。
戦後の日本人が三種の神器に夢中になったのと似ているかもしれませんね。

もうひとつの理由は、またしても幼稚性だと思います。
お子さんをもつ方は心当たりがあるのではないでしょうか。
幼い子ほどハンドヘルドのデバイスとネット動画にハマります。
まだ社会性が育っていないからでしょう。
社会性の大切さがわかっていないうちは、自分ひとりの世界に没入しやすいのでしょうね。

スイスに住む私が、香港や中国や日本に出張すると、人々のスマートフォン依存度に恐怖を感じます。
電車やバス内でのスマートフォン使用率ほぼ100%。ヘッドギアをつけたオウム真理教信者を彷彿とさせる無心っぷりです。

一方、スイスでは・・・
今朝、通勤中のバスで撮影した風景を共有させてください。

電話機を見ている乗客など一人もいない。

どちらがより先進的なのだろう。

騙され易い

最後に、ややつかみどころのない問題を挙げます。
一時帰国でたまに日本に滞在すると、広告の醜悪さにクラクラします。
テレビCM、屋外広告、そしてとくにヒドいのが BSや CSの通販番組です。
ネタとして観るとけっこう面白いのですが、これに騙されて買う人がいると思うと、居たたまれない気持ちになります。

売るほうも買うほうもハッピーなら、大きなお世話なのでしょうけど、どうも釈然としません。
大げさなセールストーク、嘘っぽい愛用者の声、胡散臭い値引きアピールなど、あんなミエミエの悪徳商法にコロッと騙されてしまう善良な人々がいるってことですよね。
しっかりして!
と真面目に思います。

しかも、高橋英樹のような、私の好きな時代劇大スタアがその片棒を担いでおられる。
泣きたくなるじゃないですか。

誰が悪いの?
通販業者、テレビ局、つい買ってしまう消費者、そして高橋英樹。

※個人の感想です

こんな国は先進国じゃない!


まあ日本が先進的である必要はないんですけどね。
ただ、これらの後進性は、日本人の幸福度の低さに関係している気がします。
長時間のブルシット・ジョブに耐え、スキマ時間をスマートフォンで埋め、通販で美容とアンチエイジングに勤しむような生き方は、人間をからっぽにしてしまいそうです。
それでもギリギリのところで踏ん張っているのが日本人なのではないか。

そのように考えると、日本人の強靭さに気づくのです。
例えば、労働と消費から卒業しつつあるヨーロッパ人は、生物として脆弱であるがゆえにラクな生き方を求める傾向があるわけです。
かたや、ストイックな日本人は辛い労働に進んで身を投じ、移動時間も無駄にせず情報のインプットに努め、消費さえも頑張ってしまう。それでいて、しぶとく生きている。

結論:
日本は経済的にはまだまだ豊かな先進国グループ。
それは、価値観の後進性に支えられている。
後進的な精神性のまま生命を維持できているところに日本の凄みがある。
生きづらさは、経済ではなく価値観の後進性からくる。
日本が価値観先進国になることはおそらくない。
価値観を共有する少数とつながっているのが最も生きやすい。

国が再生しないのなら、あなたが再生すればいいのです。

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