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散文だとか日記だとか:ともに旅して

2月に入って早々、4日間の旅に出た。

1・2日目は大学の同期と九州へ。佐賀県内をうろうろとドライブしつつ、海鮮とか温泉湯豆腐とか食べつつ嬉野温泉へのんびり女子旅。
6人もいると部屋食でワイワイしゃべるのが面白いのなんの。盛り上がるのは大体ゲスい話かキュンキュンな話。いつまでも若い心を忘れない(遠い目)

3・4日目は中学からの友人が住む富山へ。年1~2くらいで会う友人としょうもない話をするのももちろん楽しみだったが、なんせ寒ブリが食べたくてね…!
すっかり寒ブリを食べないと冬を越せない体となってしまった。ほんと罪深いのでみなさんどうぞ北陸へ。お寿司食べさせてくれるならアテンドしに行きます!!!


なんだか久々に家を離れて旅行をしたような気分になっていて、疲れもちょこちょこ溜まっているのだけれど、よく考えると去年は毎週のようにどこかへ旅立っていたのだった。
今年に入ってたった1か月、家と仕事場の往復を繰り返していただけでこのざまだ。随分なまったものである。


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しかし友人たちと長い時間を共にする機会なんて、大人になるとすっかり減るものだなあと思う。

それぞれみんな仕事をしているし、何かと予定もあるし、会うとなれば夜にお酒を飲みに行くくらい。1軒め2時間、気分が乗れば2件め1時間と少し、ほろ酔い気分の多少名残惜しいあたりで解散。

もちろん楽しいのだけれど、たまにはゆっくりと1日同じ時間を過ごすことも大切なのではないか。
それが苦ではなく、どうしても訪れる無言の時間であったり、お互い別のことをしている時間であったり、そういったものをフラットに過ごせる友人って相当貴重なのではないか。


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友人と旅を共にすると、ぽつりぽつりといろんな話をする。

同じ話題を振っても、相手によって反応が全く異なることもあって面白い。
今回の旅でもそんなことがあった。一方は「信じて突き進むべし」、もう一方は「疑って慎重にいくべし」と正反対のリアクションを返してくる友人たちに、心底ニヤリとしたものだ。

これがあるから友人たちと語り合うのは楽しいのだ。
ふらっとお酒を飲みに行って話すだけでは出てこない、少し踏み込んだ考え方みたいなものも、長い時間一緒に過ごして無言の時間も共有することで出てくるような気がする。

かといって、わたしが友人の考えを聞いたところで、自分の考え方をころりと変えることはほぼ無い。
自分の信じたいものを信じる。興味のある話にはできるだけ首を突っ込む。
疑って知らぬ間に誰かを傷つけるよりも、信じた自分が馬鹿を見る方がよっぽど健康的である。

と、懲りずに思う。わたしの信じるものを誰かに貶されるのは嫌だなあ。


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友人とどこへ旅するかは、案外重要ではないのだ。時間の共有、話題の共有、普段なかなか話すことのない考えをさらけ出してみることが重要なのだろう。重要というか、それが楽しくていちばん記憶に残るのだろう。

などと、学生時代は部活動で毎日友人と会っていたわたしが、社会人6年目にして改めて思うのである。
毎日何かしら話していたあの頃よりも、いろんな考え方に触れている気がするなあ。少しはわたしの視野も広がったのだろうか。


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ただし旅する場所は重要でなくとも、何を食べるかは重要だと思う次第です。旅先ではとびきりおいしいものを食べたい。生きることは食べることでありますゆえ!!

またおいしいもの食べてお喋りしに行こう。写真もいっぱい撮ろう。今しばらくお付き合いくださいね、ご友人各位。


最後まで読んでいただきありがとうございます!ぜひお友達になってください!!