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とにかくお腹が空いた

請求書を送って、契約書は法務チェック中、見積書は値下げしろと言われ、キックオフのスケジュールは…

仕事はそこそこに切り上げたといってもオフィスに残るのはいつものメンバーで、人影まばらな中を慣れた足取りで離れていく。スーツ姿だから普段よりはいくらかスマートに見えたとしても結局中身は子供の頃からなんら変わらない29歳児だ。腹が減っては戦はできぬと言わんばかりにとにかく空腹が気になって仕事など手につかなくなったし、今日必ずやらなければならないこともない。全然後の方なんだけど「お先に失礼します」を言ってオフィス半分の電気を消してやった。

タイミング悪く残業食の弁当にはありつけず、腹が減っているのに、季節柄年末の顧客感謝祭として立食パーティをやっていてその給仕を仰せつかっていた。まだまだ残っている仕事を中座しての立ち仕事である。大量に供されるジャンクフードに空腹が刺激され、なおかつ片付けのたびにゴミ箱に捨てられるフードロスを目にして口には出し得ない怒りが溢れてくる。この怒りの矛先は誰に向ければいいのだろうか。きっと幹事やスタッフではないのだろうけど、何か改善点を挙げろと訊かれたら食い気味に答えるつもりだ。

給仕をやっていて違和感があったのは顧客がフロアに入ってくるとすぐに酒を供するのはいいのだが、つまみに類するものは特に差し出す雰囲気がないこと。客をもてなせというなら酒だけ出すのは「うちはお客様の胃が荒れようが知ったこっちゃないですがどうぞお飲みください」と言ってるようなものではないか。ホスピタリティの欠片も感じられない。せめてミックスナッツでも一緒に置いてもてなすのが接待というものではないか。流石に場末のスナックでも、チェーンの居酒屋でも客商売の店ならそれくらいのことはできる。

空腹は良くない。些細なことでも気にかかってしまう。どうでもいいことに腹を立てて余計なエネルギーを使う。雰囲気も悪くする。1人で勝手に書いているだけなので影響はないが、いいこともないはずだ。そんなときはさっさと飯を食うに限る。やはり腹が減っては戦はできぬ。家に冷凍宅配食が置いてあるし食材も少しはあるはずだけど、それを待たずにそそくさとその辺で済ませたい。そういう気分のときもある。

ドア to ドア ちょうど1時間の通勤経路は山手線の内側から都心の交通結節点で一度の乗り換えをして、中央線、山手線を超えて埼玉間近の23区の外れに至る。乗換で必ず改札の外に出るので、こういう気分のときは大抵そこで食べにいくし、朝の乗り換えのときはコンビニに寄っておにぎりを買うこともある。ここの乗り換えは休日の度に使うし、土地柄学生やサラリーマン向けの安い飲食店が多いからフラフラ食べ歩きするのもいい場所なのだ。

開店以来月に1度訪れている家系ラーメン屋に行こうと思ったが、大通りの向こう側にあるチェーンのラーメン屋になんとなく入ってみたくなった。チャッチャ系というらしい。東京にきて初めて知った。券売機に1,000円札をつっこみ、400gの油そばを注文する。しばらくして味の好みを聞かれて味濃いめ、背脂多め、ニンニク多めは当然のリクエスト。しばらくして丼が渡されるのだが、背脂まみれのとても人間の食うものに見えない。

食らいつくと想像通り一口目はなんというか「効く」。ランニング後の水のように身体が吸収していくのを感じる。同時に欠乏していたことを実感する。しばらくは箸は止まることなく麺を啜る。卓上に置かれた各種トッピングに脇目をふらず、一心に麺だけを見つめて口に運ぶ。メンマやネギなどの具もあらかた食べ切ったところで突然胃袋が満たされていることに気付き、脳が本能から「もう何も食わなくてよろしい」というサインを出してくる。一呼吸おいて胃の中を整理してもこの丼の底の脂がどうしても食いたくないと思えてくる。あれだけ腹が減っていたのに不思議なことである。

完まくこそしないものの残さずしっかり食べて店を後にした。空腹に任せて食うものを選ぶとこういうことがたまにある。急いては事を仕損じるのだろうか。腹は膨らんで満たされているはずなのに何か物足りない気持ちのまま、素直に電車に乗って帰ることにしよう。

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