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ルームシェアについて

プライベートの切り売りは諸刃の刃だと十分認識した上で、書ける範囲で表題の件について述べたい。

まず、私は20代独身男性なのだが、大学入学と同時に一人暮らしを始めて約8年になる。高校卒業までは何不自由なく両親と兄弟のいる家庭で、主に母親が家事を担当している、割と典型的な核家族の中で育った。掃除と洗濯はあまりしなかったが料理は少し手伝うこともあり、自分の手で生活を作り上げることに憧れていた。また、仲が良い年上の友人が遠方の大学に進学して一人暮らしを始めていて、自分も一人暮らしがしたくて、遠方の大学への進学を「あえて」選んだ。そして一人暮らしを始めた。憧れて始めた一人暮らしではあるが、すぐにそのデメリットにも気づいた。不経済なのだ。一人で暮らす部屋だからせっかく水回りが備え付けられていても、稼働していない時間の方が長い。その上、一丁前に家賃やインフラの使用料金は、5人家族に比べると大したことないが、かかる。入浴の際にはできるだけ湯船に浸かりたいが、ガスや水道の利用料金や一人で浸かった後ほとんど汚れてないお湯を下水に垂れ流すのは、なんというか心が痛かった。これは極端な例ではあるが、他にもあげるとキリがないので、これくらいにしておく。

一人暮らしのデメリットを認識しつつも、私は就職し、転職し、現在も勤務する会社に入社して、引っ越ししても一人暮らしを続けていた。ただ、仕事の業務内容は少し変わり、それまでは複数の取引先との折衝や会社の他の拠点との調整で、多くの人と薄い繋がりで幅広く仕事をしていたが、現職では社内での調整がメインで、仕事で関わる人数が大幅に減ったかわりに深く仕事上で繋がるようになった、と思う。関わる範囲が狭くて深くなると、良くも悪くも人間関係が「濃く」なり、振る舞いにより一層の注意が必要となった。平日は仕事に打ち込み、休日に友人と外出したり、趣味に打ち込むようにはしていたが、それらの繋がりでの話がメインになり、「どうでもいい話」をする相手がいないことに気付いた。恋人がいれば話も違うのだろうが、残念ながらご縁がなかった。また、気付いたら長いように見えた20代も半ばに差し掛かっていた。若いうちだから許されること、できることには限りがあるだろう。ルームシェアもその一つだと私は思う。特に同性で暮らすのは年を取ると難しいだろう。根拠はないが感覚としてそう思い、あれこれ考えていた折に、会社からほど近いにも関わらず、広くて家賃も安い部屋を見つけたのだった。きっかけは部屋を見つけたことだが、ルームシェアは相手がいないとできないことだ。試しに、生活に関する考えが近い友人に話をしたところ、とりあえずノリで見学することになった。そこからトントン拍子で話は進んだ。

契約書を取り交わし、レンタカーで荷物を運び出し、あれこれ住環境を整えてルームシェアは「ノリ」から「日常」になった。1年ほど経って一番強く感じることは共同生活は互いへの配慮をしても、やり過ぎることはないことだ。詳細は書かないが、人間だからお互いにこれまで身につけてきた習慣があり、生活様式がある。違いによって不便や不都合があれば、話をして納得することが必要だ。時として話し合いというより説得になることもあるだろう。ただし説教になってはいけない。ルームシェアの形態にもよるが、お互いに一人の人間だと尊重しなければいけない。おそらくこれはどんな人間関係でも同様だ。これだけ配慮をしても埋まらない溝はどうしても生じる。そんなときは自分が選んだ生き方だからと割り切るしかない。また、その不便や不都合を楽しむ姿勢を持つべきだ。実はこれがルームシェアの醍醐味と言える。家族でも恋人でもない人間と密接に関わり合い、プライベートの奥深いところを共有する機会は、そうそうあるものではない。自分と他者との違いを知り、良い点を取り入れ、悪い点を改善することは「善く」生きるための一つの近道なのかもしれないと思う。

ルームシェアをして良かったと思うことを他にあげると、真っ先に挙げられるのは料理をするようになったことだろう。私は実家暮らしの時に少し料理をしていたが、一番料理をしていたのは大学進学から転職で上京するまでの雪国暮らしのころだった。雪が降るだけあって冬はもちろん寒いのだが、夏も東京や地元に比べて涼しいとはいえ、30度を下らない夜があるほどしっかり暑くなる土地で、つまるところ四季が大変わかりやすく移ろう風土だった。そうなると食材は必然的に季節感が出て、料理をするのも、旬の食材が美味しく安く扱えるので、大変楽しいものだった。だが、上京してからは部屋のキッチンが狭くて使い物にならないことと、会社で朝食昼食が出てくることが相まってめっきり自炊をしなくなってしまった。ルームシェアによって安く広い部屋を借りることができると、当たり前だがキッチンも広くなり快適に料理ができるようになった。また、一人で作ると少し多いときでも一緒に食べるかもしれない相手がいると、せっかく作ったものを無駄にする可能性も少なくて良い。今年は新型感染症の流行に伴い在宅勤務が続いて、必然的に家で昼食を取るようになり、より一層料理をするようになった。そして、料理が美味しくできると、他に嫌なことがあっても少し嬉しくなれることに気付かされた。こうして考えると、話は少し飛躍するが、ちゃんと料理することによって、食べるものから、人は自分の人生をちゃんと選んで作ることができるのだろう。

思いつくままに書いてきたので一度整理して書き出すことにする。

憧れて大学入学と同時に一人暮らしを始めた私は、次第に「一人暮らしは不経済」だと感じるようになった。転職して人との関わりが狭く深くなり、「どうでも良い話ができないことに不安を覚えた」。また、年を取るにつれて「同性とのルームシェアは若いうちにしかできない」ことに気付いた。そんな時にたまたま「条件がよい部屋」と「生活に関する考え方が近い友人」と巡り合い、ルームシェアを始めた。ルームシェアでは他人との違いによる「不便や不都合」にしばしば直面するから「互いへの配慮をしても、やり過ぎることはない」し、「不便や不都合を楽しむ姿勢を持つ」と、「ルームシェアの醍醐味」を味わうことができる。

いろいろこねくり回しましたが、毎日楽しく生きています。皆様も気が向いたら、ご友人と「ノリ」でルームシェアを始めるのはいかがだろうか。

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