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漫才・望月記者(『アラザル VOL.13 特集=政治』掲載版

[Profile] 東京は夜の七時

 二〇二〇年四月、緊急事態宣言が発令中の首都圏ではコロナウイルス感染予防対策が呼び掛けられ、大人数のスタッフ・出演者が密集する状況を避けるため一時的に通常のスタジオでの番組収録が行われなくなった。
 さらに街中の劇場・映画館も休業を余儀なくされ、多くの舞台人が苦境に立たされた外出自粛期間中でも日々リアルタイムに動画や生配信をアップロードできるフットワークの軽さを武器にして、SNSでの情報発信を得意としつつYouTubeの公式チャンネルと従来のテレビ放送との垣根を越境する形で巻き起こった「お笑い第七世代」ブームの波に乗って只今人気急上昇中の渋谷系兄妹漫才コンビ。

 家族にも友人にも表向きは重度のお笑いファンであることをひた隠していたため、同好の士が欲しくて始めた出会い系マッチングアプリのお笑い好きコミュニティを介して渋谷区宇田川町にある若手芸人の聖地=ヨシモト無限大ホールの前で待ち合わせてしまってびっくりという実話が持ちネタでコンビ名の由来。
 正体を伏せたまま互いに熱心なリスナーとしてメールを投稿していた某中堅芸人の深夜ラジオでそのエピソードが取り上げられ、番組内でのチャレンジ企画へと発展、兄妹コンビでアマチュア漫才コンテストに出場したのが結成のきっかけ。その後「賞金稼ぎ」と称して全国各地のローカル漫才コンテストを荒し回る数年間の武者修行を終え、目下毎年十二月に行われるM-1グランプリの予選突破に向けて奮闘中。

・メンバー

自撮り未加子:読者モデル出身でその後個人事務所を設立、国内外のDJ/トラックメイカーを招聘する音楽イベントを主催、その縁で音源をリリースするレーベルを運営、アパレルブランド経営などの多面的な活動を経て、人気ブログが書籍化されているオーガニック健康食品アドバイザーとしての顔も合わせ持つ、五足以上の草鞋を履きこなす新世代インフルエンサー。人生の野望はM−1グランプリで優勝すること。

クソリプ連太郎:デスボイスを応用した特徴的なツッコミにその名残りがある、メタル/ハードコア系バンドで活動していた過去以外は職業・住所その他すべて不詳。パチスロなどギャンブルで負けた借金を五百万円以上抱えていることを妹にいじられるのがお決まりのパターン。

自撮り  どうもー、♪嘘みたいに輝く街♪ 東京は夜の七時でーす。よろしくお願いしまーす。
クソリプ ……。
自撮り どうしたのお兄さん、暗い顔して。あっ、またバイトクビになったんだって?
クソリプ 真面目に働いているのに上司のフロアマネージャーとうまく行かなくてさ、接客業なのに声が低いとか朝礼の挨拶に覇気がないとか色々理不尽な文句をつけられて、このザマ。
自撮り で、家賃も払わず居候してるうちのマンションからいつ出て行ってくれるわけ?「自撮り未加子、不審な男と同棲か!?」とかあることないことネットに書かれて本当に迷惑してるんだから!
クソリプ 面目ない。でも今渋谷でホームレスになったらもう行く所なんてないんだよ。
自撮り ちょ、それ以上は言わなくていいからね。
クソリプ はいはい、スポンサー様。金の亡者。渋谷区が宮下公園の住人を強制的に立ち退かせて命名権を企業に売却、今年二〇二〇年七月のコロナ禍の真っ只中ににホテルと商業施設が一体となった新名所としてリニューアルオープンした宮下パークね。
自撮り やめてって言ってるでしょ!
クソリプ やかましいわ!忖度インスタグラマーが!!
自撮り クズ兄が逆ギレしておりますが、ここまでただの兄妹ゲンカでしたー。そんなんじゃこの令和の世の中を生き残れないからさ、もっと見習うべき人がいるのよ。
クソリプ え?何だって?
自撮り 安倍政権のナンバー2として長らく君臨しつつ、虎視淡々と総裁選出馬を狙っていた元官房長官。現総理大臣。じゃあそこで菅総理やってみてくれる? あたしは官邸記者会見で鋭い質問をぶつけて有名になった望月記者をやるからさ。
クソリプ この俺に「令和おじさん」をやれと。
自撮り あの冷たい眼差しで記者クラブをあしらう威圧感。人の話をまったく聞かないことで圧倒的優位に立ってより偉くなる態度。あんたは大人の男としての威圧感が足りないんだからさ。
クソリプ この立ち位置でやればいいのね。(※記者会見における壇上の体に移動)「では、そちらの方どうぞ」
自撮り そうそう、「東京新聞の望月です。今回、日本学術会議の会員候補6名を任命拒否するに至った経緯についてですが……」
クソリプ 「質問は手短にお願いします」
自撮り 「まだきちんとした回答をいただいておりませんので、繰り返し聞いているんです」
クソリプ 「発言の前には必ず名前をお願いします」
自撮り 「すみません、東京新聞の望月です。何度質問しても同じようなご回答しかいただけないじゃないですか。この会見は事前に準備したペーパーを読み上げているだけなんでしょうか?」
クソリプ 「そのような事実はございません」。……これでいいのかな?
自撮り いい感じいい感じ、威圧感出てきたよ。次はもっと難易度が上がるから。ちゃんと冷たくあしらってよ。
クソリプ まだやるのかよー。
自撮り (ドンドンドン、)よしひでー、(ドンドンドン、)よしひでー。
クソリプ だ、誰?
自撮り 菅義偉首相を「よしひで」って呼ぶのは政治家を志すはるか昔の子どもの頃から知ってる、中学の同窓会には必ず顔を出すほど大事にしている地元の秋田県雄勝郡秋ノ宮村で農家を営むおじいちゃんおばあちゃんに決まってるじゃない。だから故郷からわざわざ休日の首相官邸を訪ねてきた農家のおじいちゃん、
クソリプ ……それは簡単には追い返せない。
自撮り ……に変装した望月記者。
クソリプ そんなことまでする!?
自撮り 『i-ドキュメント新聞記者-』の辺野古基地移設問題でサンゴ礁を埋め立てるのか移植するのかが隠蔽されているので沖縄防衛局の担当責任者に乗り込んでいくシーン、見てないの? 望月記者の追求のしつこさを舐めてはダメ。彼女は元々高校を卒業する時に演劇の道に進むかジャーナリストになるか進路を悩んでいたほどの演技力なんだから。
クソリプ お前、めちゃくちゃ詳しいな。
自撮り もう一回やってみるから。「(ドンドンドン)よしひでー、(ドンドンドン)よしひでー」
クソリプ 「これはこれは秋ノ宮いちご組合のおじさん、ご無沙汰しておりました。東京まで来るのは大変だったでしょう、すぐにお茶でも煎れますから……」
自撮り 違う違う、そんな心温まる感じじゃすぐライバルに生き馬の目を抜かれるわ。さっきの記者会見と同じでいいのよ。カレー屋のバイトから総理大臣までのし上がった菅さんみたいに出世したくないの? もう一回。
自撮り 「よしひで、お父ちゃんのいぢご農家を継がず東京さ出でいぐど行ったぎり何しておるのが音沙汰無がった長男がこんたに立派になって…」
クソリプ 「そのような事実はございませんし、これ以上のお答えは差し控えたい」
自撮り 「おお? どうしたよしひで、東京で何があったんだぁー」
クソリプ 「ご指摘には当たりません」
自撮り 「目ぇ覚ませ、娯楽どいったら渓流で魚採るぐらいしかねがった田舎駆げ回ってだ頃は優しぇ子だったでねぁが〜」
クソリプ 「法に基づいて適切に行なっております」
クソリプ ……だんだん辛くなってきたんだけど。
自撮り ここで情に流されたら今まで築いてきた地位と権力がすべて水の泡だからね。心を捨てる覚悟で頑張って。「それでも、全日本釣り団体の名誉会長務めるほど今でも魚釣りを趣味にしてらどは聞いでらぞ、故郷のイワナやヤマメ忘れねぁでぐれれば嬉しぇよ」
自撮り 「とごろでよしひで、森友・加計学園への国有地売却に関する決済文書の改ざんについてなのだが」
クソリプ 「お、お前は望月記者ー!今すぐこの女を摘み出せー!」ってそんなわけないだろ!
自撮り 肝心の対決場面で動揺してるじゃない。今度はもっと手強いわよ。お世話になった元上司の奥さんが、プレゼントを持ってやってきたっていうシチュエーション。
クソリプ それはつまり?
自撮り パンケーキ屋を始めた安倍昭恵さんが首相官邸までお届けに来る、時のコスプレをした望月記者。いくら甘い物好きだからって、今度こそ心を開いちゃダメ。
クソリプ もうええわ、いい加減にしろ!
自撮り&クソリプ どうもありがとうございましたー。

【参考資料】
森達也監督『i ー新聞記者ドキュメントー』
望月衣塑子『新聞記者』(角川新書)
松田賢弥『したたか 総理大臣・菅義偉の野望と人生』(講談社文庫)
【出典】
PIZZICATO FIVE / 東京は夜の七時(作詞・作曲:小西康陽)

初出:『アラザル vol.13 特集=政治』(2020年12月1日発行)

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