見出し画像

氷河期世代問題から忘れ去られる学歴差別と希望の音楽と

氷河期世代問題と言ってまずイメージされる人物像と言えば皆さんは、どんな人を想像するだろうか?一般的なイメージを言えば高学歴大卒男子の事ではないだろうか?

マスコミや世間が騒いだのは、せっかく受験戦争を勝ち抜いて苦労?して創業して手に入れた「大卒」というパスポート(印籠?)が無意味になってしまった事にショックが大きかったから大騒ぎしたのが当時の印象だった。

そもそも学歴信仰労働市場から排除されていた身(自身は高校中退。つまり中卒。)からすれば、何を今更感が強かった。その違和感は今もこのマガジンに書かせていただいている時点でも、消え去ることは無い。

今まで働いてきた職場もろくな現場はなかった。工場労働者、コンビニ店員、日雇い派遣労働者、警備員、駐車監視員、、、唯一マシだと言えた職種は駐車監視員だった。なにせ契約社員という初めての「社員」という肩書きがついたのと、のちに役に立った厚生年金に入れたのが大きかった。

コロナ直前には氷河期世代への支援策が政府から提示されたが、そこにはマイノリティに対しての支援策はほとんどなかった(あったら情報お知らせください)では運動もしくは市民運動に何か展望が持てるかと言えば、それも期待できるような運動はほとんど存在しない。唯一関わっている労働運動や貧困運動も信念や理念には共感できるが、運動に参加する人数は尻すぼみになっていて、機能不全に陥っている。

さて、この絶望的な語彙と状況が出揃った中、何を希望に生きてきたというと唯一の希望は音楽。その中でも特にリスペクトを感じているのは、デトロイトテクノやシカゴハウスだ。以下はウィキペディアからの引用↓

「ハウスミュージック」は、ディスコや、フィラデルフィア・インターナショナル・レーベルやサルソウル・レコード[1]などの、いわゆるフィラデルフィア・ソウル(フィリーソウル)などの楽曲を音源とするものも多かった[2]。また、先駆者であるラリー・レヴァンや彼の「パラダイス・ガレージ」の客層と同様に、初期のハウスシーンは、ディスコと同様、DJ、客層ともに黒人やゲイが多かった。ディスコは音楽的な評価は低かったが、社会的にはゲイ、もしくはLGBTに対する性差別解消をテーマにする音楽であるとして、ある程度評価された[3]。

ハウスの語源は、シカゴのゲイ・ディスコ「ウェアハウス」が名称由来とされている。その後、80年代末~90年代以降、ハウスの中心地はアメリカからイギリスを中心とするヨーロッパに移ったが、イギリスでは同性愛者のムーブメント色は薄れ、ミックス技術を追究することが試みられた。21世紀には音楽のアレンジ(編曲)上の一手法として、世界のクラブに普及している。性差別をテーマとする一部のハウスは、1980年代後半から90年代にかけて、差別や貧困をテーマとする一部のヒップホップ (hip hop) とともに、DJ(ディスクジョッキ―)プレイで好まれる音楽ジャンルとして定着した。

デトロイトテクノとは、アメリカのミシガン州デトロイトから発信されるテクノ、またはデトロイト出身のアーティストに共通してみられる特徴を多く含んだテクノの楽曲をさす。主に「16ビートのシーケンス」「アナログシンセサイザーとドラムマシン、及びそれらのサウンドをエミュレートしたデジタル・シンセサイザーの多用」「ストリングス・パッド系音色の多用」「ノンヴォーカル」などの特徴がある。派生元のシカゴ・ハウスと比較して、シリアスな雰囲気で複雑に入り組んだリズムパターンを持つ楽曲が多い。

ホアン・アトキンス、デリック・メイ、ケビン・サンダーソンら、1980年代中期にデトロイトにて活動していたDJ、プロデューサーたちが開祖といわれている。

ビル・ブルースターとフランク・ブロートンによる著書「Last Night A DJ Saved My Life」によると、もともと「デトロイト・テクノ」はデトロイト近郊にあるシカゴから生まれたハウス・サウンド(シカゴ・ハウス)をデトロイトのアーティストが独自解釈した音楽であったとされている。

その呼称の起源は、欧米のジャーナリストの取材にて「あなた方の音楽を何とよぶのか?」と問われたホアン・アトキンスが「We Call It Techno」と答えたことによるといわれる。

説明が長くて申し訳ないが、自分にとって唯一の希望(ソウル)なので記させていただく。理由はゴマンとあるが、最初に聞いて聞こえてきたのは、強烈なグルーヴ感と悲哀漂うソウルフルなシンセに一発でやられてしまったのだ。その代表的な曲がデリック・メイ(Rhythm Is Rhythm) - Strings Of Life https://www.youtube.com/watch?v=rFQZndywOR4 当時(90年代中後期)、この曲がクラブのフロアで流れると知りもしないお客さん同士がハグしあったり、ハイタッチしたり、奇声を上げたり、涙を流したりと大騒ぎだった。

そんな幸福な瞬間があったからこそ日々のクソみたいな労働も我慢できたし、「あのフロアにまた帰るんだ」と唯一の希望を糧に頑張れたんだと思う。

で今は?・・・・・・立派なうつ病患者になり、障がい者手帳も取得し、セイフティーネットやらでなんとか暮らしている。果たして氷河期世代問題なるものがマイノリティーをも巻き込んだ運動になるのか、自身も問われている。とりあえず最後に希望の曲として                 Donna Summer – I Feel Love (Danny Howells Remix) https://www.youtube.com/watch?v=FZyDW6yeetw


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?