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イッカ先生の話。(南米放浪記⑦)

「昔、ブラジルに半年ぐらい住んでいたことがある。」と言うと、よく「言葉とかどうしたんですか?」と尋ねられる。

その時たいてい「ブラジルって何語でしたっけ。ブラジル語?」と聞かれ、「ポルトガル語。実際にはポルトガルの言葉とブラジルで話されているのとは少し違うみたいだけどね。」

「へー。じゃあ、ポルトガル語喋れるんですか?」「まあ、簡単な会話ぐらいだったら。でもブラジル行ったの、もう20年以上前だからだいぶ忘れちゃったよ。」…というような話になる。

で、「ブラジル行ってから覚えたんですか?」…と尋ねられて、ふと思い出す。

そうか、そういやポルトゲス(ポルトガル語)…行く前にちょっとだけ勉強してから行ったな。

その時、頭の中に浮かび上がるのがイッカ先生の姿。

アフロヘアーを緑や赤に染めて、スパンコールの付いた服を着てニコニコしている、小柄だけどバイタリティが溢れ出ていたファンキーなおばちゃんの強烈な印象がよみがえる。

本名は「郁香」と書いて「いくか」さんだったはず。でもみんな「イッカ先生」って呼んでて、本人も「『ま、いっか。』の『いっか』よ。」と笑ってた。元気で明るい人だったな。…で、あの人誰から紹介してもらったんだっけ?

どうして教わる流れになったのか、まるで記憶にないのだが、市ヶ谷の学移連(日本学生海外移住連盟)の事務所に出向いてもらって、週に1度のブラジル・ポルトガル語のレッスンをしてもらえることになった。

自分と、その年に学移連の実習生としてブラジルのコーヒー農園で働くことになっていたゴータローさん、その時の学移連の委員長だったナカジマくん(彼は翌年にブラジルに行く予定になっていた)とで分担して、先生のギャラを捻出して受講させてもらってたんだっけ。少ない謝礼でも快く引き受けてくれた。

実際に渡伯する前まで3ヵ月ぐらいは教わったんじゃなかったかなあ。

その見た目のインパクトが強いイッカ先生だが、ブラジル育ちの日系2世だったのかな?…日本語がややカタコトだったけど、ブラジル・ポルトガル語のテキストなどの教材の監修とかもやられていたから、結構ちゃんとした先生だった。その頃、カルチャースクールの講師もされていたんじゃなかったかな。

陽気で気さくな先生だから教わる時間が楽しかったし、ネイティブならではの生きたポルトガル語は実用的で、行ってから大変役立った。


まずはいきなり初回のレッスンで、「とにかくブラジル人に『トゥドゥ・ベン?』って言われたら『トゥドゥ・ボン!』って言っときゃいいのよ。」と。

「はあ、何すかそのトゥドゥ…?」

で説明を聞くと、「『Tudo bem ?(元気?)』と聞かれるから『Todo bom !(元気だ)』と言っておけ。」と。

「tudo」は英語で言うと「all」、「bem」「bom」は「good」だから、直訳だと「全部良い?」…要は「Are you allright ?」「万事快調?」みたいな問いかけなので「オールOK!」と自信満々で答えておきなさい。これが挨拶みたいなものだから…ということだった。

文法だとか、男性名詞女性名詞だとかいうところは後回しにして、このように実践的なフレーズをいろいろ教えてもらった。

「よく日本人は『○○ね?』『なになに。ね?』って、最後に「ネ」を付けて確認するでしょう。あれはブラジルでも同じだから、わからないことがあったら、とりあえず単語を言って、最後に『…ね?』って言ってりゃ通じるわよ。」とも。

これも正しくは「não é? 」で、英語で言うと「yes」が「sim」で「no」が「não」だから、「〜 , não é? 」は「〜 , isn"t it ?」のような付加疑問文と呼ばれるやつ。「ナオン エ ?」がなまって「ネ?」に聞こえるのだった。

要は「これってなんとかだよね? 合ってる?」って確認したい時、例えば買い物の時の値段を聞く時とかにも、文章ですらすら言えなくても「シンコミウ(5万)…ね?」と言えば通じるわけだ。

あとよく使うのは「エントン」は「だから」みたいな接続詞なんだけど、日本語の「えーっと」に音も似てるので、実際にそういう何か考えてる時に「エントン…」って言ってると間が持つとか。

「アショケ シン(asho que sim)」は音も覚えやすいし、「たぶんそう。」みたいな意味なので頻繁に使う。

「シ キゼール」も「Se (você)quiser , …」で「もし(あなたが)望むならば…」という意味だけど、何か問われた時に「そっちが良ければ(OKっす)。」みたいな感じで気軽に使える。

「ja(ジャー)」は「すでに」。「もうこれやった?」とか「終わった?」みたなことを聞かれてイエスの時は「ジャー」。まだの時は「アインダ ノン(ainda não)」。

「高い」は「caro(カーロ)」で「安い」は「barato(バラート)」。英語で言うbe動詞を付けると、「高いです。」は「está caro」になるんだけど、「エスタ」というのをブラジル人は略して「タ」しか言わないので、値段交渉の時に「高えよ!」と同じテンションで「タカーロ!」と言えばいい。

とか、日常会話の中でよく使うフレーズを優先的に教えてもらったことが助けになったし…裏を返すと、ブラジル人とはそういう簡単なやりとりさえ出来てれば、それ以上の難しい話なんかしないということでもある。(多分に個人的な偏見です、念のため)

ちなみに、ある程度そういうブラジル人の会話のパターンみたいのを理解すると、ジーコがサッカー日本代表監督だった頃に、試合後のインタビューとかで話しているのを、通訳の人が「…そうですね。今日は前半から非常にタフな試合運びになりました。選手ひとりひとりがより守備の意識を高め、集中して臨むことが求められました。」みたいに、さも理路整然と語っているように訳してくれているのを聞いても、実際には「エントン…」とか「アショケ…」とか「マイス メリョー(more betterの意)」とか「ムイント ディフィーシウ(とても難しい)」とか、結構単純な短文でしか受け答えしてないな…というのが分かるようになった。

だからブラジル行ってから新しく覚えた言葉なんてほとんど無いんじゃないかな。なんかこういう受け答えのシミュレーションをして行ったら、実際それで事足りたという(笑)。


しかし、南米広しといえども、ポルトガル語が通じるのはブラジルだけでありまして。ほかはスペイン語圏。

「隣の県みたいな近さだから、パラグアイもボリビアも、だいたいポルトゲスでいけるやろ。」と思ってたら、ほとんど通じなくて難儀した。

「bem(ベン)」が「bien(ビエン)」、「festa(フェスタ)」が「fiesta(フィエスタ)」になるような違いだから、音的にはポルトゲスを名古屋弁風に発音すればいけるんじゃないかと、勝手に高を括ってました。

あと、ブラジル人は「r」を発音しないので「ラリルレロ」が「ハヒフヘホ」になる。これに慣れると、スペイン語のいわゆる巻き舌の「ラリルレロ」が言えなくて困った。

ちなみにブラジルといえば有名なサッカー選手を多く輩出していて、「ロナウド」とか「ロナウジーニョ」とか「r」で始まる名前の人も多いけど、あれは発音的には「ホナウド」「ホナウジーニョ」と表記するほうが合ってる。

さらに「〜ジーニョ」というのは「〜ちゃん」のような、より幼い子扱いするような呼び名で、カソリックの国だから「ronald」とか「carlos」とか同じ名前の人がたくさんいすぎるから区別するためにそう呼び分けているだけだったりする。(男性は「〜ニョ」、女性は「〜ニャ」)


ブラジルを一旦出て、パラグアイとボリビアにも行きましたが、ほとんど現地の日本人移住者の方のところでお世話になったので、スペイン語はほとんど覚えてこれませんでした。

あと、数年後にこれは単なる一週間程度の旅行でイタリアに行った時も、ラテンの言葉ってだいたい似てるから、イタリア語もポルトゲスの変型みたいなもんやろ…と思って、同様の失敗をしました。

どれもローマ字をそのまま読めば発音できるという点はありがたいすけど。


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イッカ先生の写真というものが手元に無かったので、「確かこんな感じの人だったよな〜。」と思い出しながら、イラストを描いてみました。

このためだけにipad用のお絵かきアプリをダウンロードして、使ってなかったApple Pencilを充電して、「久しぶりに絵描いたけど、下手くそやな〜。」と数時間難儀して…自分にここまでさせるほど、イッカ先生のビジュアルのインパクトの強さよ!

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