密やかな結晶:小川洋子:繊細且つ危険。

「密やかな結晶」(73/2022年)

ディストピアをここまで美しく、そして儚く描かれてしまうと、もうこの系統の物語はマッドマックス路線以外は楽しめなくなります。実に丁寧に繊細に書いてあるから、地獄のようなこの世界があたかも桃源郷のように見えてきます、なんて恐ろしい事でしょう。危険です、こんなディストピアもありじゃないかと錯覚させるから。

そこは徐々に何かが「消滅」していく世界です。例えば薔薇とかフェリーとか。モノが消滅すると、人は徐々にそのモノの存在していたという記憶、気持ちの失っていきます。それが明確に消滅されるのではないところが、この小説の怖い所です。
モノと同時にズバっと記憶も消し去られるならば諦めがつきます。しかし、モノが消滅したら、消滅したかのようにしなければいけないというマインドコントロール、もちろんコントロールされていることは忘れてしまっているのですが、自ら社会に寄せていく雰囲気が怖いです。
また自ら消滅作業に参加する姿も出てきます。これも怖い。消滅の波に乗らないと何かしらのペナルティがあるのかもしれません。

人の中には消滅に対応出来ない人もいます。それらの人は政府機関によって狩られていきます。狩られないように、消滅に対応するふりをしたり、秘密の場所に隠れたりしてサバイバルしています。しかし、敵も流石です、終盤で消滅を偽ることが非常に難しくて、見た目で簡単に判断できるものを消滅させます。
その消滅アイテムを知った時、僕は小川洋子の本気を感じました、そこまでやるかと。

書評で、この作品を敢えてロジカルに、一種のトリックとして、理路整然と説明するものがありました。その切り口、非常に面白かったです。そんな読者の素敵な気まぐれをも真っ向から受け止める骨太の作品でもあるのです、凄すぎる。

このディストピア、是非、読んでください。

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