みんないってしまう:山本文緒:文学は時をこえる

「みんないってしまう」(134/2020年)

文学は時をこえる、驚きました。これが1996年作品とは。読み進めていくうちに携帯電話に関する表現で気になることがあり、確認してみたらなんと24年前とは。なんだこの不思議な感覚。2020年に読んでいるのに、何も違和感を感じない。それだけ山本が人間の変わらない、変われないエッセンスを丁寧に抽出して、描いているということだろう。丁寧に丁寧に書かれた文字たちは、時をこえて、この世に生き続けるのでしょう。

喪失を軸に繰り広げられる12の短編。ほぼ不幸せな雰囲気の物語。というか不幸確定なはずなのに、どこかそれを認めているというか、不幸は不幸だけど、それをベースに生きていく強さ。決して自分の境遇を諦めていないし、かといってある日突然今の不幸が消えてなくなるといったファンタジーを信じるような馬鹿でもない。その生き様に心揺さぶられます。

一番のお行き入りは「愛はお財布の中」。お財布を忘れてドツボにハマった女性の一日を軽快に、そして最後は残酷に描いています。一歩間違うと人は不幸になります。外野から見ていると、押してはいけないボタンであることは一目瞭然なのに、当事者は確実に間違いボタンを押していくパターンね。で、最後、彼女は正解のボタンに手がかかりそうなのに、そこで躊躇います。さあ、どうするのでしょうか。僕は再び間違いボタンを押してしまう気がしました。

不幸は自分で選んでいるのでしょうか?でも、1億人が不幸と思う状況でも、当事者一人が不幸じゃないと思っていれば良いのでしょうか?そもそも不幸な状態が好きな人がいるのでしょうか?不幸じゃない人はこの世に存在するのでしょうか?

時をこえて、山本は良いに問いかけます。素晴らしい作品です。

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