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MV監督が撮る父娘バディムービー『SCRAPPER スクラッパー』

父親と幼い娘を描いた映画の中で、ここ最近では『aftersun/アフターサン』や『ザ・ホエール』などの良作が注目されていたところへ、ラインナップに新たな1本が加わった。シャーロット・リーガン監督の『SCRAPPER スクラッパー』である。

母親を病気で亡くし、1人暮らしていたた12歳の少女のもとに、突然父親を名乗る男が現れる。ただ、あらすじだけではこの映画の魅力はなかなか伝わりにくい。

この少女が、かなりエッジの効いたキャラクターなのだ。

母亡き後のアパートに「おじと住んでいる」とソーシャルワーカーを騙して住み続け、家事もすべて1人でこなし、定期的にかかってくる確認電話も録音した男性の声を編集することで上手くかわして、さらには盗んだ自転車を自らの価格交渉の末に転売して生計を立てている。

方法こそクレイジーだが、母親との思い出が詰まった家を守るため、そして1人で生きていくために身につけた自立性だ。とはいえまだ12歳の少女、時おり悲しみに暮れる等身大の彼女を見ることで、多くの観客は「応援したくなる」立場になるという構成になっている。

そこへ会ったこともない”父”を名乗る男が帰ってくる。最初はいけすかない。母から譲り受けたお気に入りのサッカーのユニフォームも、昔この男が母にあげたものだという。

この父親を演じているのが、『逆転のトライアングル』『ザリガニの鳴くところ』『アイアンクロー』など話題作への出演が続いている、若きイギリスの注目俳優ハリス・ディキンソン。

かつて妻と娘を捨て、今は何の仕事をしているのかもよく分からないポンコツ気味な親父である。よく言えば少年のまま、悪く言えば成長していない。しかし母の喪失感を抱え背伸びして生きてきた少女にとって、父親らしい父親よりも丁度良い相方なのかもしれない。

キャラクターの造形や会話、心情の変化が非常に巧みな作品なので、ぜひ注目していただきたい。映画が終わった「その後」も気になるというのが良作の特徴と考えているが、本作もまさにそれだ。

また本作で長編映画の監督デビューとなったシャーロット・リーガン監督は、10代の頃からミュージックビデオの監督を務めており、これまでに手掛けたMVはなんと200本以上。『SCRAPPER スクラッパー』でも、映像と音楽の親和性が非常に高いのが観ていて感じられる。

カラフルでポップな映像も観ていて楽しい要素の一つ。SNSでよく見る過度に加工された嫌味なほどのカラフルさとは異なり、目に優しい自然な形のカラーコーディネートになっている。何枚か貼った場面写真からも、非常に”画になる”映像なことがお分かりいただけると思う。

撮影監督を務めたのはモリー・マニング・ウォーカー。彼女は『SCRAPPER スクラッパー』と同年に、自身も初の長編映画監督に挑戦し、その監督作『HOW TO HAVE SEX』は2023年・第76回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門でグランプリを獲得している。

このように、映像だけでも非常に高い芸術点であるということは間違いない。

『SCRAPPER スクラッパー』も、英国アカデミー賞において『哀れなるものたち』『異人たち』『ナポレオン』などと並んで英国作品賞にノミネート。2023年のサンダンス映画祭では、ワールド・シネマ・ドラマ部門で審査員大賞を受賞するなど、数々の映画祭で注目を集めている。

これから『SCRAPPER スクラッパー』を観る、またすでにご覧になっていても、シャーロット・リーガン監督の過去作に触れてみたいという方は、ショート映画専門の配信プラットフォーム「SAMANSA」がおすすめだ。

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『スタンドバイ』は警察官のバディもの。尺は6分弱と短めで、パトカー内のワンシチュエーション、セリフもそこまで多くない作品ながら、中年男性と若い女性の関係性や感情の変化が丁寧に描かれ、ずっと見ていたくなる雰囲気の作品だ。

『ノー・ボール・ゲーム』は子どもたちにフォーカスしたドキュメンタリー。「イングランドとウェールズでは過去10年で子供のための支出が70%削減された」という案内と共に「ボール遊び禁止」という意味のタイトルが表示される。

しかし子どもたちにとってその規制は大きな意味をなさず、次々と新しい”遊び”を生み出し、とにかくはしゃぎ楽しそうだ。

この短編2作品を観ても、『SCRAPPER スクラッパー』と共通の要素である「バディものの人間関係や感情の変化」「いきいきとした子供」の描き方が非常に上手いということがよく分かる。

デヴィッド・フィンチャー、スパイク・ジョーンズ、ミシェル・ゴンドリーなど、ミュージックビデオ出身の映画監督への信頼が個人的には厚いので、今作ももちろんながらシャーロット・リーガン監督の今後には期待値が非常に高いのである。

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