見出し画像

『地面師たち』積水ハウス事件から小説を経てドラマへ、物語はどう変化したか

”地面師”とは、他人の土地や建物の所有権を偽造し所有者になりすますことで、第三者に売却する不動産専門の詐欺師である。

現在公開中のNetflixオリジナルドラマは、小説「地面師たち(著:新庄 耕)」を原作としており、さらにこの原作小説は2017年に実際に起きた「積水ハウス地面師詐欺事件」をモデルに描かれている。

実在の事件から小説、そしてドラマへ。作品が生まれ、それがまた別メディアの作品に生まれ変わる時、物語にも変化が生じるのが視聴者としては非常に興味深い。

※小説及びドラマの物語の核心について触れることは避けたが、実際の事件概要や作品の設定程度の情報には触れるので、ネタバレを気にされる方にはご注意いただきたい

「積水ハウス地面師詐欺事件」とは

まずは事件の概要を整理したい。

「積水ハウス地面師詐欺事件」は、2017年に大手不動産ディベロッパーの積水ハウスが、地面師グループに土地の購入代金として55億5千万円を騙し取られた事件である。

売買のターゲットとなった海喜館
デイリー新潮「被害額55億円 地面師に騙された
「積水ハウス」が“五反田の土地”に飛びついた事情
」より

ターゲットとなった土地は五反田駅から徒歩3分の場所にあり、約600坪の敷地面積を誇る旅館「海喜館(うみきかん)」。所有者は海老澤佐妃子。地面師グループは海老澤のなりすまし役を立てて、自身は海老澤の代理人を名乗り、IKUTAホールディングスという仲介業者を挟んで土地を積水ハウスに売却した。

積水ハウスは偽の売買契約締結後に、マンション建設へ向けた測量を現地で始めたが、売った覚えのない本物の土地の所有者(海老澤はこの時すでに病気により他界しており、相続人である異母弟)の弁護士が警察に通報。これにより事件の発覚に至った。

複数のメンバーで構成された地面師グループのうち、主犯格と言われているのが内田マイク、カミンスカス(小山)操である。小説及びドラマにおいて、リーダーとしてチームを指揮するハリソン山中は、この2人のどちらか、または両方をモデルにしていると考えられる。

主犯格をモデルにしたハリソン山中(演:豊川悦司)
© Ko shinjo/Shueisha / 2024 NETFLIX

相続人(海老澤の異母弟)がIKUTAホールディングスを相手取った民事裁判資料を参考に流れを整理すると、2017年3月25日に初回打ち合わせ、4月3日には偽の海老澤とその内縁の夫(という設定)の同席のもと、2回目の打ち合わせを実施。この時点では、まだ取引に前向きな不動産業者は多数いたが、10日後の4月13日に残っていたのは積水ハウスのみ。ほかの業者は手を引いた。

5月10日には「積水ハウスは騙されている」という旨の内容証明郵便が大阪の本社に届く。似たような文書の投函が続き計4通になるも、積水ハウス側はこれらを他社の妨害行為として真剣には取り合わず、偽物の海老澤に対して「これはあなたが書いたものではないですね」と確認するにとどめた。そしてそれ以上の邪魔が入らぬよう、7月末を予定していた決済日を6月1日に早めてしまった。

予定通り6月1日には、預金小切手によって手付金を差し引いた残額の支払い。その後6月6日には、法務局から不動産の本登記却下の連絡が入り、先述のように測量作業も本物の所有者の代理人によって通報される。

以上が、事件のかんたんな概要と経緯である。

リーダー(演:豊川悦司)と交渉役(演:綾野剛)
© Ko shinjo/Shueisha / 2024 NETFLIX

「小説」になった際の変化

事件は、小説ではどのように描かれているのか。

もちろん実名は使われていない。しかし、積水ハウスは「石洋ハウス」、また主犯格であるマイク内田やカミンスカス操は「ハリソン山中」になっているなど、実在のモデルを明確にするネーミングが採用されている。

実話ベースであることを匂わせつつもフィクション作品へと昇華するにあたり、個人的に素晴らしいアレンジだと思ったのは、ターゲットの「五反田の旅館」が、「高輪ゲートウェイ付近のお寺」になったことだ。したがって土地の所有者も、旅館の経営者から尼僧になっている。

土地の所有者である尼僧(演:松岡依都美)
© Ko shinjo/Shueisha / 2024 NETFLIX

原作者にこの変更を想起させたのは、東京オリンピック招致決定後の不動産価格の高騰と、山手線の新駅である「高輪ゲートウェイ」の開業ではないだろうか。

今もって多くの国民の記憶に新しく、これらの導入で物語の時事性を高めることができる。そもそも前者は地面師詐欺が横行している原因の一つでもある。また大規模開発中の高輪ゲートウェイ駅周辺における工事の様子は、多くの都民にも容易にイメージできるビジュアルで、読者を物語に惹きこみやすい。

面白いのは、この原作小説の巻末に解説を寄稿しているのが、Netflixドラマでメガホンをとった大根仁監督なのだ。

その解説文によると、大根監督はこの詐欺事件を題材に映像作品を作ろうと思い立ち、自分なりに物語を構成、プロットまで作成したがピンとこなかった。企画の面白さには自信があったので「いっそ誰かこの事件を元にした小説とか書いてくれないかなあ」と考えていたという。そんな折に小説「地面師たち」に出会い、実際に原作としたのである。

© Ko shinjo/Shueisha / 2024 NETFLIX

「ドラマ」になった際の変化

次に原作小説がドラマになった際、どのような変化があったかを見ていきたい。

ドラマのストーリーの大筋は、小説の内容を踏襲している。しかしドラマという媒体はシーズン全体、そして各エピソードの2軸で、物語の起伏を構築していく必要がある。このようなメディア特性から、全7エピソードあるNetflixドラマ『地面師たち』は、小説と比較しても様々な要素が追加されているのだ。

そういった追加要素には、ドラマ独自のものと、小説には反映されなかった実際の事件についての要素とがある。この違いは、原作小説の主要参考文献として記載されている森功著「地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団」を読むと、明確に見えて非常に面白い。

石洋ハウスの社員
© Ko shinjo/Shueisha / 2024 NETFLIX

まずドラマのオリジナルな要素としては、本作のいわば”主役”である地面師グループ以外のキャラクターでも、その造形に厚みが増していること。具体的には石洋ハウスの社員、そして地面師グループを追う捜査二課の刑事である。

小説では、石洋ハウス側の人間は、交渉を先頭に立って進める開発本部長の青柳以外はあまり出てこない。一方でドラマにはライバル、部下、秘書、社長などが多くの場面で登場し、組織内の力学関係が生々しく、石洋ハウスという会社についてもイメージがしやすい。

警察サイドでは、オリジナルキャラクターの女性刑事が登場。リリー・フランキー演じる定年退職を間近に控えた刑事の部下という設定だ。ネタバレになるので詳述はしないが、各話に見せ場を作るドラマにおいて、なぜ彼女が必要だったか、小説を読んでいるとよく分かる。

ドラマオリジナルの刑事(演:池田エライザ)
© Ko shinjo/Shueisha / 2024 NETFLIX

事件、小説、ドラマの全てで違う要素もある。土地の購入金額だ。

積水ハウスの第三者委員会による発表では、総額63億円。これが小説では103億円になり、ドラマでは112億円にまで上がった。

積水ハウス事件ではターゲットになった五反田の土地だけでなく、中野区にある積水ハウスのマンションの売買契約も締結している。所有者の海老澤は売却する土地内(旅館)に住んでいたため、新しい住居が必要になるからだ。63億円からマンション購入費用を差し引いた55億5千万円が実質的な被害金額、というのが積水ハウス側の発表である。

ちなみに小説とドラマではこの旅館がお寺になり、所有者の居住エリアと、駐車場と古い施設があるという売却用の土地が切り離されていたため、そもそも住居の購入の必要性がないという設定になっている。

© Ko shinjo/Shueisha / 2024 NETFLIX

支払いの大半は、所有者の取り分、弁護士費用、土地調査費用など複数の預金小切手で行われた。小説にはここまでの細かい内容は反映されていないが、ドラマには4枚の小切手で支払うシーンが新たに挿入されている。

小説における金額が103億円になったのは、分かりやすくインパクトを与えるためと、開発中の山手線新駅というエリアの特性を考慮したからだと考えられる。文章のみで4枚の小切手がそれぞれ〇億〇千万円と書くのも分かりにくいかもしれない。

ただ映像メディアであるドラマは、それらを視覚的に見せられるので小切手描写でも特に問題はない。むしろ一枚に「10,000,000,000円」と書かれた小切手はなかなかにショッキングなビジュアルだ。首謀者であるハリソン山中に「100億円小切手」を渡すという映像のために、仲介業者への10%の手数料を差し引いても100億以上となるよう、総額を112億としたのではないだろうか。

© Ko shinjo/Shueisha / 2024 NETFLIX

『地面師たち』は、モデルとなった事件の内容も、物語としても非常に興味深い。しかし、大根仁監督は「積水ハウス地面師詐欺事件」の映像化を思い立ってから、実現するのに非常に苦労したという。

大手の映画会社は総じて不動産事業も展開している。またTV各局も、収益の根幹であるCM収入の太客に大手の不動産関連会社が名を連ねている。プロデューサーにとっては、いずれも「企画は面白いが…」というのが本音だろう。

ここを突破できるのがNetflixの強みなのだ。そんなことを再認識した、今日この頃である。


▼参考文献

「地面師たち」新庄 耕 (著)

「地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団」森 功 (著)

「地面師たち ファイナル・ベッツ」新庄 耕 (著)
「地面師たち」の続編

最後までお読みいただき本当にありがとうございます。面白い記事が書けるよう精進します。 最後まで読んだついでに「スキ」お願いします!