「刺青/タトゥー」と「映画」は相性が良い
こんなサムネイルにしておいてなんですが。文化・民俗の観点から「刺青」と「映画」について語ってみようという記事になります。良い笑顔ですよね、彼。
まず、大前提として。
映画には、それが公開された時代の文化や世相を反映する、外部記憶装置的な機能があると思っています。(押井守監督の受け売りですが。)一昔前の映画でガラケー使ってるみたいな小さなものから、冷戦下の緊張状態から「007」が生まれたなどの大きなものまで。
脚本・映像・俳優さんの演技などの、映画を構成するものではないけれども、確かにそれは内包されている、そんなバックグラウンドを感じ取れるのも映画の大きな魅力の1つです。
最近だと、2021年のベルリン国際映画祭で金熊賞に輝いた『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督〈自己検閲〉版』なんかは、登場人物がみんなマスクしてるんですよ。
コロナ禍で撮影されていても、劇中の人物がマスクをしている作品をほぼ見かけません。それを逆手にとって、マスクをすることが差別化と演出になっている稀有な例ですが、コロナ以降のニューノーマルが作品に昇華されており、映像資料としても価値が高いと私は考えます。
例えば20年後にマスクを付けなくて良い生活に戻っていたとして、この映画を観返したときに「ああ、あの時はこうだったね」と言えるはずです。
そして刺青、タトゥー。
(日本語か英語かの違いで本来2つは同じもの。)
今でこそ刺青は、日本国内においてアウトローと結びつくイメージが根強いですが(事実そういう側面もありますが)、元々は生活や暮らし、それぞれの信仰を身体に刻む文化的な風習です。
例えば、クローネンバーグ監督の『イースタン・プロミス』に出てくるロシアンマフィアの背中にある教会のタトゥーは、塔の数で服役期間の長さを示しています。ファッションとしてではない、「自分が何者か」を示す機能を、タトゥーは持っています。
そんな国家や人種・民族そして時代によって異なるデザインを持ち、文化的側面の強い刺青は、歴史と文化の外部記憶装置である映画と、相性が良いに決まってるじゃんというのが私の持論です。
ということでここからは、タトゥー文化をうまく作品に取り入れ、かつその背景や柄の意味を知ることで、より映画の理解を深めることのできる例をいくつかご紹介します。マフィアだのバイオレンスなワードで始めてしまったので、比較的ライトな作品から行きましょう。
『モアナと伝説の海』
タトゥーには、民族や部族内での身体装飾や通過儀礼などの中で施されてきた「トライバルタトゥー」というジャンルがあります。話す言語が異なるように、タトゥーのデザインも多種多様で、独特の文様や彫り方がそれぞれで発展しています。
まずはトライバルタトゥーの代表格であるポリネシアンタトゥーについて。オセアニアの一部であるポリネシアは、ハワイ、ニュージーランド、イースター島を結ぶ巨大な三角形とその中にあるたくさんの島々のことで、サモアやタヒチもこの中に含まれます。
主人公のモアナちゃんが住んでいるのはモトゥヌイ島という架空の島。モデルとなった場所は諸説あるようですが、登場人物が入れているタトゥーによって、少なくともポリネシア地域であることは特定できます。
モアナの父親や、旅を共にするマウイには全身に、そしてモアナのおばあちゃんの背中にもエイのタトゥーがあります。
劇中の台詞によれば、祖母のタトゥーは生まれ変わったらエイになることを意味しているんだそう。このほかの多くの登場人物に彫られているタトゥーは、サモアの彫師スルアペ氏によって監修されているとのことなので、プロのタトゥーイストのギャラリーとしても、この作品を楽しむことができます。
『アクアマン』
DCコミックスの映画に登場するアクアマンは、海底人と地上人のハーフというキャラクター設定です。そしてこの映画でアクアマンを演じたジェイソン・モモアは、ハワイの先住民族の血を引き、白人とポリネシア両方のバックボーン持っています。
キャラクターとの類似性からもナイスキャスティングと言いたいですよね。(原作コミックスとは設定が違うので、もしかしたら先にジェイソンが決まって、彼にアクアマンの設定を合わせたのかもしれないけど。)
そんなジェイソン・モモアには、劇中でのボディ・ペイントではなく、元々ポリネシアのタトゥーが左手に入っています。
この上からメイクを施し、元のタトゥーと組み合わせることでアクアマンのタトゥーとして完成させています。見事なデザインです。
本人にとっても大切な自分の出自が映画に活かされ、そしてそれがヒットするというのは、かなり嬉しかったんじゃないでしょうか。想像ですけど。
『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』
同じように、自身の背景と映画でのキャラクターが上手く相乗効果を発揮した俳優さんがもう1人。みんな大好きザ・ロック様ことドウェイン・ジョンソンです。
サモア系と黒人のハーフという珍しい血筋のロック様は、がっつりポリネシアンタトゥーを入れているので、サモアの血統であることを誇りに思っているのだと想像できます。
サモアと聞いて、K-1好きの方が思い起こすのはサモアの怪人マーク・ハント。彼も全身にタトゥーが入っていました。当時は「サモアンフックやべぇ!」とか言いながらレイ・セフォーとの伝説の両者ノーガード殴り合いを見ていたわけですが、こうして後から背景を知るとまた感慨深いものです。しかもレイ・セフォーもニュージーランドの人だから、あの試合はポリネシアン対決だったんですね。激アツじゃねーか。
ロック様に話を戻しましょう。彼の代表作の1つであるワイスピシリーズのスピンオフ『ワイルドスピード スーパーコンボ』では、ロック様演じるホブス捜査官が、故郷であるサモアに帰るシーンが見所です。
敵を迎え撃つ準備をし、映画的にもクライマックスだぞ、というシーンでサモアのウォーダンス「シバタウ」を披露します。ポリネシア地域の民族には戦いの前に行う独自の民族舞踊があり、有名なラグビーのニュージーランド代表が行う「ハカ」もその1つです。
ちなみに写真の左の方は、ロック様と同じくサモアの血を引くWWEレスラーのロマン・レインズ。人知れずサモアンレスラー夢の共演が行われていたのです。レインズも右手にポリネシアンタトゥーが。肌を見せて戦う格闘技とも、タトゥーは相性が良いのでしょう。
そんなロック様、実は最初に紹介した『モアナと伝説の海』で、マウイの声優もやっているというおまけつき。この事実を知っていれば、こちらもナイスキャスティングだと分かります。
『暁に祈れ』
エリアを変え、東南アジアはタイについてのご紹介。タイには「サクヤン」と呼ばれるトライバルタトゥーがあり、これは寺院の僧侶が伝統的に行ってきた幸運の護符のタトゥーです。
日本でも、お寺や神社で祈願や厄除けのために御守りや護符などを買うことができますが、タイにおいてはそんなノリでお坊さんにサクヤンを彫ってもらうことができちゃいます。
サクヤンはもちろん、それのみならず刺青のビジュアルをお腹いっぱい楽しめるのが、タイの過酷な刑務所内で、ムエタイの技術を磨く白人ボクサーを描いたノンフィクション映画『暁に祈れ』です。
撮影場所は本物の刑務所。劇中の囚人たちは本物の元囚人。画面のどこを見てもボディペイントではない本物のタトゥーで埋め尽くされており、タトゥーのないツルツルの肌をした主人公が浮いている始末。
正確なところは分かりませんが、おそらくサクヤンではないタトゥーもたくさん登場しており、色んな種類・デザインのタトゥーをごちゃ混ぜジャンクフード的なノリで摂取できる映画となっております。
試合前には虎のタトゥーを入れる主人公。虎の叡智が宿り、逆境にも困難にも負けない力、危険から身を守る力が手に入ると言われているそうです。意味を知ってこのシーンを観る人は超レアケースだと思いますが、やっぱり知っているとシーンの深みが増しますね。
『女神の継承』
そしてタイと韓国の合作ホラー「女神の継承」もサクヤンを味わうには最高です。この映画では、祈禱師一族の血を継ぐ少女が”何か”に取り憑かれ、それと僧侶が対決します。
先述の通り、サクヤンを彫るのは僧侶です。下記の写真から、お祓いのために登場する僧侶自身にもサクヤンが入っていることが確認できます。
興味深かったのは、サクヤンの柄をタトゥーではなく布に書いて儀式に使用しているシーン。柄自体に幸運の護符としての機能があると考えると、紙や布に書いて使用することもあるのではないかと推測できます。
また、同じく刺青ではないですが、台湾ホラー『呪詛』でも、肌にお経を書くという描写があったので、これに近い意図があったのかもしれません。日本の怪談「耳なし芳一」にもよく似ています。ルーツは同じなのかもしれませんが、こうして違う国で同じような風習が形成されるというのは興味深い現象です。
ちなみにアンジェリーナ・ジョリーが背中に彫っているのもサクヤンで、左の肩甲骨付近にあるのが、クメール語で5行の呪文・祈りや願いを込めた「サクヤン・ハーテェウ」。養子の長男がカンボジア出身ということもあって、自身と息子を守る意味を込めたタトゥーをサクヤンにしたのでしょう。
『アメリカン・ヒストリーX』
タトゥーがバックボーンを明らかにしたり、意思表明として使われたりすることは、何となく知っていただけたのではないかと思います。
最後に、トライバルタトゥーではないですが、自分の主義主張を体に刻んだ集団のことに、少し触れたいと思います。
映画の主題として、取り扱われることの少なくない白人至上主義の「ネオナチ」についてです。ナチスのシンボルであるハーケンクロイツ(鉤十字)を左胸に大きく彫っているのは『アメリカン・ヒストリーX』のエドワード・ノートン。
こんなデカデカと鉤十字を彫ってるだけでもヤベえやつですが、右肩にはハーケンクロイツを鷲が持っている、ナチス・ドイツの国章も彫られています。しかもその下には「WHITE POWER」の文字が。ヤベえにヤベえの上塗りです。
個人的に重要だと思うのは、服を着ないでこれらのタトゥーを見せているという点。隠すものではなく見せるもの。これだけはトライバルタトゥーとも同じですし、普段は服で隠れているヤクザの刺青とは異なる点です。
そして、タトゥーは大前提として消すことができないもの。改心し真人間になろうとも、タトゥーがあることで白人至上主義者だった過去を、一生その肌の上に載せたまま生きる宿命を負う、この映画ではタトゥーがそのように描かれます。
『SKIN/スキン』
一方で、対称的なのがこの『SKIN/スキン』という映画です。元人種差別主義者が改心するまでの半生を描いたノンフィクション。
ネオナチが改心するという基本構造は『アメリカン・ヒストリーX』と同じですが、この映画ではなんとタトゥーを消しちゃうんですよ。少なくともタトゥーの呪縛からは解き放たれるというのが、タトゥーを取り扱った映画としては目新しいポイントです。
レーザーによる除去手術の様子も描かれる上、エンドロールでは、手術経過で顔面のタトゥーが徐々に無くなっていく実際の写真をスライドショーで観ることができるので、資料的な価値も高いと個人的には思います。
今回紹介したのは長編の方のSKINで、同じ監督による同名の短編映画もあります。短編の方はアカデミー短編映画賞でオスカーを獲得している作品です。どちらもNetflixで見られるのでぜひチェックしてみて下さい。
おわりに
各国のヤクザ・マフィアの刺青の文様の違いとかにも触れたかったのですが、ちょっと字数があれなんでまたの機会に書きたいと思います。
トライバルタトゥーの文化的側面や、各トライバルの特徴などについては大島托氏の著作『一滴の黒 Traveling Tribal Tatoo』の内容を大変参考にさせてもらいました。こちらも非常に面白い本なので興味ある方は是非。
では、また次回。
最後までお読みいただき本当にありがとうございます。面白い記事が書けるよう精進します。 最後まで読んだついでに「スキ」お願いします!