フルスウィング[後編]
縄張り事件から数ヶ月後。
遊び疲れた僕とKくんは、お互いに無言のまま自転車で帰路に就く。体力はすでに消耗されており、ペダルの重さにすら目眩を感じる。馴染みのある景色に辿り着くにはまだまだ遠く、平衡感覚は乱れ、焦燥した。気がつくと、闇夜がすぐそこまで訪れていた。
やっと見慣れた景色に近づいてきたころ、Kくんはすれ違ったヤンキーに奇声を浴びせ、からかった。ヤンキーはほんの一瞬怯みはしたものの、明らかに年下のガキにからかわれて憤慨。
「なんじゃおりゃあぁぁ!!」
ヤンキーが巻き舌で怒鳴りながら、鬼の形相で猛追してくる。
一体何なんだ。Kと一緒にいるとろくなことがない。なぜやっかいそうな人物にわざわざ絡み、刺激するんだ。
憔悴し切った状態から突然開始された謎のロードレース。すでに精神は崩壊していたが、チームメイトには根性のあるアホな男子、Kくんがいる。縄張り事件で強靭なメンタルを発揮したKくんに、期待と信頼を寄せていた。この危機は必ず突破することができる。
しかし、ヤンキーが僕たちを威嚇しはじめた瞬間、Kくんは流星のように、しゅんっ、消えた。猛スピードで自転車のペダルを漕ぎ、僕だけを置き去りにしたのだ。
時空を歪ませて、瞬間移動したのか? 残像すら見えない。
怒り狂ったヤンキーから必死で逃げ切り、Kくんの家に向かう。裏切られた衝撃・怨念をぶつけるように激しく呼鈴を弾いた。しばらくしてドアが開くと、ここにも鬼の形相がいた。Kくんの父親が現れ「こんな夜中に遊びに来るな! どあほっ!」と怒鳴られた。あと「Kは今風呂入っとるわっ!」という虚脱してしまうような事実も知らされる。
裏切られた衝撃と怨念は、Kくんの父親によって粉々に砕かれたのだ。
湯船に浸かってくつろいでいる姿を想像すると、怒りが込み上げてくる。僕はまだ追手が潜む危険地帯に放たれたままなんだぞ。
ヤンキーに発見されないようにわざと遠回りをし、暗黒の中を彷徨う。普段は怖くて絶対に近づくことのない墓地の前も通った。この勇気を讃えて欲しい。あの時ほど自分の気配を押し殺したことはない。夏休みの縄張り事件の仕返しだな。足がすくんで逃げ遅れただけだったことがばれていたのか?
翌日、学校でKくんに怒りをぶちまけたら「危機が迫ったときの人間の行動的な? 実験みたいな?」と言われ、狂ったように笑われた。
あのあとどうなった? と他人事のように聞かれ、僕は鼻水を垂らし、放心した。
始業のチャイムが鳴り、生徒の群れが一斉に散る。僕は素手で鼻水を拭い、着席した。
授業がはじまり、何気なく校庭を眺めていたら、用務員のおじさんが現れ掃除をはじめた。恐怖を煽るためにKくんが意味深に配置した木の実がほうきで掃かれ、塵取りに収められる。
木の実は焼却炉に放り込まれ、ぱちぱちと音を立て、燃えた。