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素晴らしき世界

専門学校時代の友人たちと防府市へ遊びに行く。友人のひとりであるSちゃんが山口県在住で、今回の旅は彼に会うために計画された。僕たちは定期的に会っているが、遠方に住んでいるSちゃんは気軽に参加ができない。思い返すと、もう10年以上も会っていないことに気がついた。

ちょっとした一言がきっかけで話が盛り上がり、彼の地元である山口県へ僕たちが向かうことになった。しかし、あまりの移動距離の長さに途中で会話がつきる。と同時に、Sちゃんへの関心も消滅した。こうなってくると「なぜあいつがこっちに来ないんだ」と態度を急変させるものが現れ、騒ぎはじめる。無言、騒ぐ、虚脱を繰り返し、山口県へ到着。

コンビニで待ち合わせをし、LINEを通じてSちゃんを入口付近まで誘導した。僕たちは車の影に身を潜め、こっそりと彼の様子を窺う。クリスマスを意識した配色なのか、真っ赤なダウンジャケットに緑のマフラー。僕たちは浮かれた彼の姿を一瞬で捉えたが、気づかないふりを続けた。“見つけやすいように”という強引な名目で悪ふざけをはじめる。
「どこにおるか分からんから、ゴイゴイスーやってみて。全力で」
彼が照れながらポージングを決める姿を期待したが、速攻でばれた。クリスマスカラーの浮かれた男が僕たちをめがけて猛突進。
「なにやっちょんや!? ゴイゴイスーってなんよ!?」
やはり見通しの良い田舎の駐車場で、中年4人が隠れるには無理がある。それよりも、ゴイゴイスーを知らないことに驚いた。
そしてさらに驚愕したのが、在学当時と全く変わらない奇跡的な風貌である。太る、あるいはやつれる、白髪、シミ、オシャレを諦めた過剰な防寒。僕たち4人は経年とともにばっちり老化していた。彼はなんだ。不気味なくらいなにも変わっていない。身に纏っているものが、若干小綺麗になったくらいか?
僕たちが唖然として言葉を失っていると、Sちゃんは弾けるような笑顔で軽快に走り出した。
「ちょっとバスの時刻表見てくるわー」
表情も言葉の抑揚も、髪の刈り上げ具合も変わらない。Sちゃんの無変貌ぶりにクローン説が浮上し、偽者疑惑が脳裏をかすめる。……だとしても、なぜ?
訝しげに首を傾げSちゃんを黙視していると、動きが急に鈍くなった。崩れ落ちるようにうずくまり、歪んだ笑顔で僕たちの方へ振り返った。呼吸が激しく乱れ、肩で息をしている。ほんの数メートルの距離、ゆるやかな傾斜が彼の体力・気力を削ぎ落としたのだ。赤いダウンジャケットがその場で脱ぎ捨てられ、緑のマフラーがだらしなく落下した。
しっかりと、10年以上経過していた。

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