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Re:身近な日本大発見!in鹿児島「賢君を祭る竹田神社:いにしへの道」

以前書いた記事を一話読み切りに再編集しました。

さて、私は熊本県との県境に住んでおり、おまけに文化に関する興味の薄い野蛮な性分なので、いかんせん鹿児島のメインストリームに疎いです。

そういうわけで、遅ればせながら鹿児島の教育ルーツを学ぶべく、いろは歌で有名な島津日新公を祀っている竹田神社に参拝してきました。

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元々はお寺だったそうですが、廃仏毀釈の影響で護国神社のような役割も担っているようでした。
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いくつかの観光案内の看板の中に、人物紹介と肖像画がありました。

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惰弱を由来としない優しさ・誠実さを湛えた表情に凄みを感じますね…

いろは歌は「いろはにほへとちりぬるを…」と続きますが、その一文字ずつを頭に5・7・5・7・7のリズムに乗せたものが日新公いろは歌になります。

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47首の歌のうち一番初めの「い」

個人的見解ですが、この歌こそが最も伝えたかった内容であり、スタートと同時にゴールではないかと思います。

自分のいろは歌が後世に残る事までを日新公が見通していたかまでは定かではありませんが、石に刻まれたいろは歌そのものが「いにしへの道」であり、47首を唱えるだけではなく実践することが肝要だと説いていると。

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歌が刻まれた石の隣に解説の看板が立っています。

私が特に好きなのは「ち」「り」「な」「ら」「け」「ゑ」「も」「せ」

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知恵能は 身につきぬれど 荷にならず 人はおもんじ はづるものなり
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理も法も 立たぬ世ぞとて ひきやすき 心の駒の 行くにまかすな
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名を今に 残しおきける 人も人 心も心 何かおとらん
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楽も苦も 時すぎぬれば 跡もなし 世に残る名を ただ思うべし
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賢不肖 もちい捨つると 言う人も 必ずならば 殊勝なるべし
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酔へる世を さましもやらで さかづきに 無明の酒を かさぬるは憂し
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もろもろの 国や所の 政道は 人に先ず良く 教え習わせ
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善に移り 過まれるをば 改めよ 義不義は生れ つかぬものなり

これらを一番に実践して見せたのが他ならぬ日新公だったのでしょう。

いにしへの道の先には常潤院跡があり、そちらにお墓があります。

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現代人の生死観を物差しにしては測れませんが、亡くなる際には殉死者が出たそうです。少し離れた場所にある島津尚久の墓にも殉死の記録が…

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薩摩隼人の覚悟は一味違いますね…

場所を常潤院に戻しまして、

「常潤」というように山からの湧水が出るようで、公園には池があります。

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「近づくと面白い鳴き声を上げながら池に飛び込むカエル」がたくさんいたのですが、残念ながら正体を写真に収めることはできず…

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イトトンボにピントを合わせるのは本当に難しい。AFの限界ですね…

珍しいトンボが見られる池だそうですが、看板が残念なことになってます。

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いにしへの道から戻って竹田神社へ

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島津の家紋の石灯篭、かなりの年季を感じます。
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神社と言えばおみくじチャレンジ。
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ここで大吉を引けたのは励みになりますね!
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蒲生の大楠には及びませんが、こちらの楠も樹齢600年を超える大樹です。

島津氏の史跡はまだあちこちにあるので、折を見て行ってみたいものです。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

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