2023.12.09「おれたちゃ、片付け下手くそ人間」

 彼女がご実家の都合で帰省している。理由は聞いていて、帰ることは理解していた。残業終わりに連絡したら、いま帰ってる途中と聞かされて中々に悲しい思いもしたが、LINE貰えたらすぐ水に流してしまった。チョロ過ぎでは?

 そんなわけで休日を自宅で、独りで過ごすことに。そうなると、部屋の片付けをしようと思うのだが、これまでもまともにできたためしが無い。そして実際、本日、2023年12月09日もできなかった。

 今後、片付けができなかったときには反省と自戒の意味を込めて、その日一日の行動を分析していくことにしたい。なんといっても私は、四年生大学を出ている。漫然と悔いるだけで無為に過ごす愚か者ではないのだ。いまこうしている時間も片付けるのが真の賢者という人もいるかもしれない。まぁそれもそう。ぐうの音も出ない。やめてくれ。

 ただ長期的で本質的な解決を図ろうと思うのであれば、改めるための材料を集めるのも正しいはず。過ちて改めざる、これを過ちという。孔子先生も言ってるね。高校生の頃、勉強机に貼り付けていた。白文で。こと片付けに関しては、その頃から全然改まっていないけれども。

 たしか儒教、というより朱子学の系統で言えば、掃除や片付けは根本的に大切にすべきこととしてまとめられていたはずである。初学者、言わば子供のころから身につけておくべき素養で、それもできずに何を持ち出しているのだと怒られる気もする。すいません。

 スタートは午前10時。朝食を済ませ洗濯と昼と夜用の炊飯から始める。それぞれが終わるまでの間に、片付けを始めればいいものの、早速ドンキに行く。何も買わずに帰ってくる。何しに行ったのだ。

 戻っても洗濯が終わっていないので、流石に片付け始める。とりあえず食事用のテーブルを片付ける。いつもいつの間にかペットボトルの群れが出来上がってしまう。こいつらいつの間に増えてるの? 分裂生殖してる?

 洗濯が終わり、干す。これは片付けと同じぐらいに面倒だと思ってはいるのだが、何故かできる。ここは後々振り返ることにしよう。

 朝も遅かったので、昼は遅めでいいなと思ってたのにそこは食いしん坊、午後1時過ぎには炊けた雑穀米を食べる。こいつ美味すぎるな。赤飯感覚で食べる。

 食べ終わって、洗い物……と思いきや、片付けの日!と思い出し再開。とりあえず目につくボトムスをとにかく畳む。ボトムスから畳む。あいつらから畳む。

 ランニング用の服装も、まとめてそれ専用の箱に叩き込む。こいつらは叩き込むのが正解。着て、すぐに汗かいて、終わったらそのまま洗濯機に行くのだから、それで良いのだ。乾いて回収して、何故か暫く布団の上に転がるのだが、それでも叩き込まれるべき箱が定まっていればそれでいい。

 夏用のトップス達も少し布団の側に寝かしつけ過ぎたかもしれない。これらも、洗濯を繰り返すものだから、少々雑でいい。箱にぶち込む。

 そんなこんなをしていると午後2時。もう集中は切れている。早い。

 大須に服を探しに行こうと思ったらもう終わりだと思いながら、体は外出の準備を始めていた。心と体。人間の全部。なのに何故……。

 お店が開いている時間は限られてるから……これはよく私が私に囁く呪言。ただ、自分への労りとして、歩いて行くことにする。健康に気を遣えばプラマイゼロ。誰かが私にその理屈を植え付けてしまった。

 結局、午後6時ぐらいに帰宅。破格のタートルネックのニットを手に入れて戻ってきた。服が増えている。どうして。どうしていつもこうなの。

 今日はランニングの日なので、着替えて準備を始める。晩御飯は冷凍していた鶏肉とキノコを使うことにしたが、解凍するだけではランニング後に手間なので軽く調理する。なんか火を止めていても、放っておくだけで味が染みて行く気がする。食べたらそんなこともなかった。

 午後7時過ぎにランニング開始。午後8時半には戻ってきたので、そこから調理を再開。午後9時には食べ終わる。

 そこからスマホ見ながらボーッと疲れを癒し、10時半頃にお風呂へ。今日も長風呂。

 風呂上がりに片付けようかと思っていたが、風呂入っている間にやはり面倒になり、午後12時前にはお風呂脱出。そして今に至る。


 以上、ダメ人間の一日の流れだった。もはや人間と言えるのだろうか。早く人間になりたい。

 さて、今日も思ったのだが、休日であれば洗濯と料理はできるのだ。片付けと同じく、これらは家事に分類できる。なぜ片付けだけ……。

 思うに、やらないとすぐ困るかどうかが行動基準になっているのだ。行動基準というか、心の動きの源泉というか。

 当然、生活がままならない状況は打開できる。洗濯も食事の準備も、しなければ困るのは目に見えている。そして、部分的な片付けだけは今日もできている。ただそれより先には進まない。そしてまた、ギリギリのラインに戻ってくる。イタチごっこだ。

 進まないのは何故か。きっとセーフなラインを下げてしまっているのだ。一度、東京での勤務で下り切るところまで下げてしまった過去がある。それでも生活はできていたのだが、反省してセーフラインを戻そうとした。かなり戻ったはずなのに、また下がってしまっている。セーフラインの内側にいるとき、集中がどんどん切れて行くのだ。だから他のことと並行してやるようになり、いつの間にか手が止まっている。

 やはり、片付けを繰り返して、自分を騙しながら、このセーフラインを上げて行くしかないのだと思う。

 父はそれなりに綺麗好きで、こと片付けや掃除に関しては私とは全く別の人間だ。おそらく父には、私でいうセーフラインという感覚がなくて、かくあるべき状態を常に意識できている。だからその手のことについて話が噛み合わない。というか、理屈はわかるが実行できない。私のセーフラインを徐々にそこに近づけて行くことはできるが、確たるものがある人間と、揺らいでしまう人間には、アプローチの仕方に違いがある。

 今日はそこまで理解できた。片付けはできていない。

 いまの私に必要なのは、人を家に呼べるラインを意識することなのだと思う。ここがかれこれ1年、できていない。本当にダメな人間なのだと思う。

 明日も休日。こんなダメな人間を受け入れてくれる彼女が戻ってくる。私は彼女の優しさに甘えているのだ。そこを意識しなくては、ラインが上に向かうことは無いのだと思う。反省。

 明日も頑張る為に、今日はもう寝よう。

 以上。

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