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学校という圧倒的な存在感と子どもたち

初めてランドセルを背負った時に、何かしら違和感を覚えることはなかっただろうか。6歳の体には不似合いな大きさと重さ。それが子どもたちと学校との関係の始まりなのは、どこか象徴的な気がします。

周りの人たちとの関係や学習がうまくいっているときは、その重さも気になりませんが、何かちょっとしたきっかけでうまくいかなくなると、途端にひどく重く感じるようになる。背負うのも大変になり、やがて学校へ行くことも難しくなることがあります。

中高の英語教諭を40年間務めたのち、不登校や発達障害など学校生活に特別なニーズがある子どもたちの居場所「地域の学び舎プラット」で支援員となった私が、そんな生徒さんの一人Aくんに初めて出会ったのは、彼が中学2年生の終わりごろでした。中1のはじめに少し登校したきり、学校にはほとんど行っていないとのことでした。彼は大きな熱量を持った子で、自分の好きなことや将来の夢を熱っぽく語るかと思えば、話題が学校のことになると、

「あんな所には二度と足を踏み入れない。制服も教科書も全部捨てた。学校のある町に住んでいるのも嫌だ。引っ越すつもりだ」

とまくしたてるように言ったこともありました。

これほど学校に対するネガティブな感情をむき出しにした生徒さんを前に、不登校という長いトンネルの中で、見通しも行き場もなく、大きなエネルギーが暴発しているような印象を抱きました。

二度目に会ったのは、彼が3年生になって間もなくのころ。彼は言っていた通り別の市に転居し、そこからプラットに通ってくるようになりました。

週に2、3回来所して学習に取り組んでいくと、進む方向が少しずつ見えるようになっていきました。通信制高校に入り、そこから大学へ進みたい。そういう思いが固まってくると、学習にも熱が入っていきました。

晴れて希望の高校への入学が決まると、これまでの重石も取れ、晴れやかな笑顔を見せるようになりました。入学後は、通学コースを選び、早朝の混み合う電車も気にせずに毎日嬉々として通学するようになった姿が印象的でした。

そのうちに、中学生向けの学校説明会のスタッフとして活躍の場を与えられ、見学者の案内などをかって出るようになり、さらには、説明会で中学生向けに、学校の紹介や自分の体験談を話すという役目も引き受けるようになっていったそうです。

彼のこの変貌ぶりには大いに驚かされましたが、よくよく考えてみると、彼の心のなかにはずっと「学校」というものが圧倒的な存在感をもって存在していたように思います。その関係性が崩れているか、良好であるかによって、怒りや憎しみのような気持ちを抱く対象になることもあれば、愛着を感じる場所にもなっていたと思うのです。学校の存在感がいかに大きいものだったのかを改めて感じさせられました。

子どもたちには、小さいころから学校に「行かない」という選択肢はなく、ランドセルとともに「行く」という選択肢しか与えられません。

そうすると、学校に「行ける」子と「行けない」子の二極分解が起こります。学校に行けていようと、行けていなかろうと、学校は、そこで行われている学習をはじめとする諸活動とともに、友人関係や先生との関係も含めて、常に圧倒的な存在感を放ち続け、子どもたちはときに圧とも捉えられるものも感じ取りながら、生活を送っているのでしょう。

とりわけ、学校に行けていない/行かない子どもたちの場合は、その重圧がさらに強くかかり、四六時中その猛威にさらされることになります。A君ほどのエネルギーを持っている子は少なく、学校に行けていない子どもたちの多くは、長く暗いトンネルの中でただただ委縮し、ひたすら耐えるしかなくなってしまっているのだろうと思います。

最近は子どもたちに、「無理して学校に行かなくてもいいんだよ」という言葉がかけられることも増えてきました。

これ自体は好ましいことだとは思いますが、子どもたちの状況によっては、この言葉もかえって子どもたちを苦しめることにつながりはしないかと不安に駆られることもあります。

学校に行くのがつらいと感じている子どもたちと接しながら、今、この子にはなにを、どんなふうに伝えるのがベストなのかと、試行錯誤しながら自問する日々が続いています。

子どもたちとの関わりを通じて、彼らを閉じ込めているトンネルに一つでも多くの灯りを灯し続けたいと思わずにはいられません。子どもたちが出口にたどり着き、学校という存在から感じる重圧から解き放たれて、屈託のない笑顔を見せてくれる日が早く訪れることを切に願いながら。

文章:大野隆司
40年間中高の英語教諭として勤務。退職後に地域の学び舎プラットで主に中高生への学習を支援。

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放課後等デイサービス『プラット』
不登校や発達障害など、学校の内外でサポートを受けづらいお子さんの居場所として、可能な限りマンツーマンに近い状態で対応を行っています。


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