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[インタビュー]和久井修さん 「美」の創造と共有 ー作家がしていること、私たちがするべきこと

櫻澤健吾様(JETRO山形)同席のもと、和久井修様(成島焼和久井窯・山形工芸の会会長)へインタビューさせていただきました。

以下敬称略

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「伝統を作る」ということ

和久井 山形で45年ほど陶芸をやっています。山形伝統の成島焼を受け継ぐ職人、というか作家として本日はお話しできればと思います。よろしくお願いします。

___よろしくお願いいたします。
 櫻澤さんにいただいた動画の中で、伝統を再創造するということについてのお話をうかがいました。
 「伝統を作る」というのは成島焼を現代の人に受け入れてもらうために、全く新しいものとして伝統を作っていくということでしょうか。その場合は、製法や原料といったこれまでの伝統に縛られることはないのでしょうか。

和久井 伝統と伝承は違うものなんです。例えば竹で編んだザルは伝統工芸ですが、技術的に伝承されて今でも日常的に使われています。我々がやっている伝統は、その時代ごとに原料や製法があって、その時代の生活に必要なものだったわけです。例えば水瓶なんか今は使いませんよね。それを伝統的に受け継いで作ることは時代にはそぐわないことになります。


 古いものを守るだけが伝統ではありません。それを踏まえた上で少し先を見据えて表現していく、その美しさを共有して楽しんでもらう、そうして将来の伝統を創造していく、それが私たちのやっていることです。

___美しさを保持したまま、もののあり方を変えるというイメージでしょうか。

和久井 昔使っていた素材で現在はなくなっているものも結構あるわけです。例えば先代が新しい色味を付け加えた際も、農業の変化によって釉薬を作るのに必要な藁がなかなか手に入らないということがありました。そうすると、釉薬の素材となる灰から自作しないと作品に合わないということになってしまいます。全てにおいてそうで、土などを含めて他から仕入れなければできない工房は厳しい状況にあります。


伝統工芸内部での多様性

___陶芸作家さんの作品は工業製品と異なり、それぞれに個性があるのだと思います。一体それぞれの作品の個性の違いはどのような原因に由来するのでしょうか。時代の流行や素材など、いくつか可能性が考えられると思うのですが、実際のところはどうなのでしょうか。

和久井 伝統工芸全体を一括りにすることはできないのです。例えば工芸と民藝は違うし、工芸とクラフトも違う。この点に関してまず誤解を解いておかねばなりません。工芸は文科省の管轄なのですが、大量生産のクラフトは経済産業省の管轄という違いがあります。工芸は一つの作品を作るのに数ヶ月かかることもあり、大量生産は不可能です。かつては職人による分業ができていたのですが、それが作家が全ての仕事を一括してやるようなあり方に変わったのは昭和になってからです。文科省が認める工芸品は色々な基準の下に認定されるものです。


 まずは伝統工芸の内部の多様性に注意して、問題点を細かく区分して扱う必要があります。世界に日本の工芸を広めるために私がやっているのは、誰も真似できないオリジナリティです。機械化が進む中で、分業制のもとで一部の工程のみ担当する職人だけでは、伝統工芸を残していくのは難しい側面があります。そもそも職人という言葉自体が孕む多義性にも注意が必要ですね。人間国宝にしても、個人を認定する場合と団体として認定する場合がありますが、分業制でやっているところは、多数の職人を維持することの困難さに直面しますね。技術継承は人材や素材の面から難しい時代になってきています。

___伝統工芸内での多様性に関してはあまり意識は向いていなかったので、とても勉強になります。


作品の価値とその共有の難しさ

___作品を作る上でコアになるオリジナリティはどのように磨くものなのでしょうか。

和久井 (作品を取り出して)例えばこの作品は、釉薬を使っていないんです。焼き物は、意図した結果として生まれるものと、偶然性が高いものとがあります。釉薬は出来上がりに偶然性が高いのですが、我々はプロなので偶然性に頼ってばかりいられないわけです。このように、従来偶然に頼っていた部分を必然で置き換えようとするのが一つのオリジナリティの出し方です。他にも、従来は書かれていた模様を彫ることで表現する方法もあります。

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(作品を用いて説明してくださる和久井さん)


 芸術は普遍的なものだから、その時の流行に流されることはありません。一方で、その時々で使いやすいものである必要があります。僕らが作るものは、「用と美を兼ね備える」とよくいうのですが、作品を作るだけでなくて、日常的に使えるようなマグカップなどを楽しんでもらえるように作ることもあります。作品の作り方は一概に言えないのですが、美しさと使いやすさを両立させることを意図しています。
 また、我々の作ったものを「美しい」と思ってもらうための自己プロデュースも重要ですね。作家は技術と同時に見る人の感性を発掘する必要があります。そのために作家自身が感性を高めることが重要です。

___以前のインタビュー*で芸術と世の中への売り込みを両立することの難しさについて伺ったのですが、今伺ったお話にも「美をビジネスとして扱う難しさ」という点で通底するものを感じました。現代は画一的な大量生産品に流れがちな傾向を持っていると思いますが、ある一定の基準を持った「美しさ」を世の中に共有していくためにはどうすれば良いのでしょうか。
*本ホームページインタビュー記事「【Interview】宮島達男さん」参照。

和久井 今の日本では厳しいと思います。なぜなら、かつての日本には美術評論家というものがいて、彼らの評価軸によって美に対するランク付けや市場形成が行われていたのですが、今は評論家の権威が弱まり、画商の商売が行き詰まる傾向にあります。代わってネットが市場を席巻し、玉石混交のカオスな状況によって市場が荒れました。その中で、若い世代が新しいタイプの作品を作り出し、ある種の世代交代が行われた側面はあるのですが、誰が美の価値づけをするのかということが曖昧になってきている。特に、コロナ禍でオンライン対応が進む中で、海外に良い作品が流出していく状況があります。良い作品をきちんと評価していく体制を整えないと、せっかくの良い作品が国内から無くなって行ってしまいます。


 新しいものを作るだけではなく定期的な保全作業も重要で、例えば鉄や漆は100年持たずに修復が必要になります。日本の工芸を守っていくためには、そういう技術も重要だということですね。一見地道に見えますが、実は現在の企業の技術力を下支えしているのはそうやって受け継がれた技術だったりするのだということも理解が広まるといいと思います。

___伝統的に受け継がれている大元の技術があるからこそ、効率化する余地が生まれるのだということですね。日本国内でも伝統工芸の良さを広げないといけないと感じました。

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(和久井窯にある作品置き場)


作品の売り込みーJETROの視点から

___櫻澤さんのいらっしゃるJETROの役割は主に海外への売り込みだと思うのですが、海外への売り込みと日本国内への売り込みの両立についてはどうされているのでしょうか。

櫻澤 実際のところ、やりたいけどできていないのが現状です。存続の危機に瀕しているような伝統工芸にとっては、国内市場に売る方がリスクが低いためそちらの方が適していることもあります。国内と海外の市場は少し雰囲気が違っていて、市場に合わせて作るマーケットインと、市場と関係なくよい商品をこちらから打ち出していくプロダクトアウトの2種類があるのですが、どちらに寄せて売るかの選択が非常に難しいんです。通常はマーケットインが原則ですが、プロダクトアウトの方が本物志向の消費者に受けることもありますからね。


感性を鍛えるための「体験」ー表現を受け取る側の心構え

___伝統工芸を日本に広げていくために若者ができることはなんでしょうか。

和久井 感性を鍛えることに尽きると思います。作り手も魂を動かすものを作りたいと思ってやっている。いくらその表現ができても、受け取る側に美しさを受け取る準備ができていないと伝えるのは難しい。作品は自分たちの想いを伝えるメディアの一種だから何事も伝え方です。感性を鍛える手段としては、デジタルに限らずリアルな現場を見てもらうのが1番だと思う。工房や作り手に触れる機会を増やす、体験する機会を増やすことで、感覚的に理解してもらえる部分もあると思います。なのでぜひ山形に来て、本物に触れて、体感していただきたい。売る前段階で受け取る側の理解を深めることが非常に重要です。

___最近は職人の方の手先の感覚を科学的に分析して再現するような研究が行われていることも多いと聞くのですが、山形の工芸に関して科学研究と現場の連携は行われていたりするのでしょうか。 

和久井 まだ全然そこまで興味を持ってもらえていない。工芸には天才がいないとよく言われます。なぜなら技術を磨くのに最低10年はかかるから。感性が優れていても、技術の裏付けがないといけない。意外と機械より手の方が繊細にできることはあります。機械では難しいところまで技術を高めるとはどういうことなのか実感してもらうためにも、さっきも申し上げたような「実際に現場を見てもらう」ことが重要なのだと思います。実際に体験してもらってこそ、「ではここはどうなっているのだろう」というような学術的な興味が芽生えるのではないでしょうか。 

___今日はお話ありがとうございました。

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