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目覚めの悪い部屋

 寝ている時に不思議なことが起こる。
 主に二つだ。
 一つは、布団の中にいるのに、何かが足元に擦り寄ってくるということ。
 もう一つは、誰もいないのに、誰かと誰かが会話をしているということだ。
 前者はまったく見えないのに感触はしっかりあって、動物のような肌触りがする。
 後者は会話しているとわかるけれど、どんな会話をしているのか聞き取れない。
 そもそも言葉が理解できないのだ。少なくとも英語なんかではない。
 
 動物のようなものが擦り寄ってくる現象は不気味さを感じたりしない。
 問題は後者のわけのわからない会話が聞こええる現象の方だ。
 
 最初は、「何か言っているんだなぁ」程度に感じていたのだが、日に日に俺に呼びかけてくるような会話の仕方を始めてきているのだ。
 それも、声が大きくなっていて、下手したら聞き取れるんじゃないかと思うくらいよく聞こえるようになってきている。
 
 とはいえ、擦り寄りがあっても、何者かの会話が聴こえたところで、睡眠を妨害されるわけではない。
 なので、無視を決め込んでいたのだ。
「眠れるなら別にいいや。シカトだシカト」
 そう言って、眠りにつこうとしたその日を境に、会話がやたらと大きくなった。
 それも、明らかに叫んでいることがわかる。
 怒鳴っているのがよくわかる。
 擦り寄りは相変わらず、ふくらはぎ辺りをすりすりとしてくる程度。
 なのに、会話は激しく責め立てているのがわかるのはかなり迷惑だ。 
 心霊現象なんて信じちゃいないけど、これは無視できないレベルになってきたように思う。
 思えば、日中の疲れが溜まりやすくなっている気がしてきた。
 ぐったりすることが多くなっていた。
 どう考えても、会話が激しくなってから疲れやすくなっている。
 
 朝起きて、疲れが残っていた。
 これはさすがにまずいなぁと思い、誰かに相談しようとしたとき、俺はふと思った。
誰に相談しようとしていたのだろうか?
 そもそも、俺は朝起きたというが、カーテンは閉め切られていて、朝なのか夜なのか区別がつかない。
 俺は本当に朝起きていたのか?
 それどころか、俺は部屋から出たことがあるのか?
 そもそも、ここはどこなんだ?
 暗がりを見渡すと俺が見慣れない部屋にいることがわかった。
 さらに、見渡したことで大きな違和感に気づいた。
 この部屋、外に出るためのドアがない。
 ドアが封じられているのではなく、そもそもドアが存在しない造りになっている。
「どういうことだよ。ここどこだよ」
 ふと、眠ってもいないのに、ふくらはぎ辺りに動物の擦り寄りがずっとある。
 見えない何かを触ろうと、かけ布団を引きはがそうと腕を動かそうとする。
 が、布団が固まっているかのように布団から身動きが取れない。
 よくよく考えてみると俺はベッドから出ていない。
 さっき、部屋の周りを見渡したというのに、俺は気づけばずっと天井を見つめるように上を見ているだけだった。
 ふと、会話が聞こえる。
 相変わらず、何を話しているかわからないか会話だ。
 前よりも、叫んでいて怒っているような声色だ。
 だけど、今回は何か悲しそうな声も混ざっている。
 誰かはわからないけど、すすり泣くような声すら聞こえる。
 なんだ、ここ、暗いし、ドアはないし、変な声は聞こえるし。
「なんなんだ、ここ―――」
 嫌だ。嫌だ。
 こんなところにいたくない。
 ずっとこんなところで寝たきりみたいになって、閉じ込められているのは嫌だ。
 俺は固い負担で固定されている自分の身体を必死になって動かそうとした。
 それも、動かない。
 なのに、足元では動物が擦り寄せをしている。
 あがけばあがくほど、見えない何者かたちは、大声で叫ぶし、すすり泣くような声がとても不気味だ。
 しかも、はっきりと聞こえる。なのに、何を言っているのかわからない。
 
 次第に天井がどこにあるのかあやふやになってきた。
 
 暗闇がもっと深くなってきた。
 このままだと真っ暗で何もできないところに閉じ込められる。
 布団の中にいるというのに、寒さがおさまらない。
 なんで、こんなに身体が寒いんだ、わけがわからない。
 このままだと俺は死んでしまうんじゃないかという恐怖を感じる。
 恐い。
 恐い。恐い。
 恐い。恐い。恐い。
 恐い。恐い。恐い。恐い。
 恐怖におびえる俺は、震えることしかできないでいた。
 気づけば、足元で擦り寄りをする動物の感触がなくなっていた。
 その代わりに、俺の胸のあたりにずっしりと動物が乗っているのを感じた。
 サイズは中型犬くらいだろう。
 息が荒く、今にも襲い掛かろうとしている気がした。
 そんなことを思いながら震えていると、突然、息ができなくて苦しくなった。
 見えない動物がのど元に咬みついてきたのだ。
 俺の息を止めようとしているのか。
 このままだと殺される。
 どんどん動物が咬む力が強くなる。
 俺は精一杯の力を振り絞って、声を荒げた。
「やめろ―――」
 そこで、俺の目が覚めた。
 
 気づいたとき、集中治療室にいた。
 俺は、交通事故に遭って意識不明の重体になっていたようだ。
 かなり危険な状態になっていて、家族が大声で俺の名前を呼んでいたという。
 俺の死を覚悟せざるを得ない状況だった。
 ところが、俺が不意に目を覚ましたという。
 
 一般病棟に移ったあと、俺がいたドアのない部屋での出来事を話した。
 わけのわからない会話は、家族の呼びかけだったのだろう。
 不思議なのは、動物の擦り寄りのことだ。
 だけど、その謎はすぐに解けた。
 意識不明になっていた間に実家で飼っていた愛犬が亡くなっていた。
 翌俺に懐いていて、よく首をなめるのが癖の犬だった。
 もしかしたら、なんとしてでも、俺を起こそうとしてくれたのかもしれない。
 もし、あの部屋の中で首を咬み絞められなければ、目を覚ますこともなかっただろう。
 亡くなった愛犬に感謝する以外なかった。


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