見出し画像

起業する前に覚えておきたい、スタートアップ流『定款』の作り方 - 1

法人化するという時に必要になるのが定款です。スタートアップ流の定款を作る方法や、重要なポイントをご紹介します。

各種、お問合せや質問・相談は satoyuta@me.com までお送りください。
お問合せ前に、必ず末尾記載のご案内をお読みください。

定款は会社のルール

私はこれまでに、起業家の相談を数多くお受けしてきました。様々な相談の中には定款に関するものもあり、その定款を拝見すると「この定款はスタートアップ向けではない…」と思う事例に遭遇することは決して少なくありません。

会社設立というと、設立登記だけがクローズアップされがちで、就業規則と同レベルに定款が蔑ろにされているように感じます(※個人的な感覚)。就業規則が「働くことに関するルール」だとすれば、定款は「会社運営の全てに関するルール」なのです。どちらも大切なモノ。欠かすことができません。

そして、とりわけ定款に関しては、法人設立時に、司法書士の先生から草案を提示されるという『謎の安心感』に加え、法人登記することを急ぐあまり、定款の内容を詰めきれない事情があるのかもしれません。

では、スタートアップはどのような定款を作れば良いのでしょうか。

守りすぎも、無防備もダメ

もし、読者の中に、ベンチャーキャピタルなどからのエクイティ(株式)を利用した資金調達を考えている場合は、定款を工夫することで『守りの定款』ができあがり、交渉が有利になることもあります。

ところが、守りすぎると交渉を破談させる要因になることがあります。そもそも、シード期または Preシード期 においては、投資条件に定款の変更を前提とする事例も少なくありません。実務上、投資契約書の中に「変更後の定款」を別紙として織り込む事例も存在するほどです。

例えば、以下のような文言です。

(前略)
発行会社、経営株主および投資者は、本件投資の完了後に発行会社の定款を別紙1のとおりに変更することを誓約する。
(後略)

上記のような事例が多いことを踏まえれば、投資家の印象を不必要に悪くしないという観点においても "守りすぎる定款" には注意したいものです。

ですから、筆者は『守りの定款』に対してはネガティブです。余計な要因でディールを流してしまったら、スタートアップにとって負に作用すると考えているからです。

そこで、この note では、スタートアップに対して特に影響のある項目を示すと共に、各項目それぞれに「理由」「投資家に与える印象」「効果」「解説」を記することにします。


1. 発行可能株式総数を1億にする

理由:
・増資を重ねる度に発行済株式数が増えることに対応するため
・はじめから上限を増やしておけば、登記の手間、時間および手数料を減らすことが出来るため
・登記に必要な登録免許税(費用)は3万円であり、馬鹿にしてはいけない(塵も積もれば山となる)

投資家に与える印象:
ニュートラル

効果:
資金調達が順調な事例はレアケースであり、調達が1日遅れるだけで破綻を招くことがある。特に、資金調達に奔走するような事態に陥った場合は「発行可能株式の総数」の存在を忘れる事もあるため、あらかじめ、総数を増やしておけばそのような緊急事態にも対応できるようになる。

余談:
変更登記を自分で行えば、費用は登録免許税の3万円のみ。自分で登記するには「法人の電子証明書」を法務局で取得する必要があり、登記に必要な書類を揃え、申請書や登記事項の正確な書き方などを習得する必要がある。現時点では Windows 環境とInternet Explorer 11 が必要なので、Macユーザーには注意が必要。それらが面倒であれば、司法書士の先生に依頼することになるが、その分の費用が生じる。

本項目では、発行可能株式総数を増やすメリットを紹介しているが、電子申請で自ら登記するナレッジを得るという観点では、比較的簡便である「発行可能株式の総数」を変更するのは一つの手段である。

解説:
「発行可能株式の総数」の変更は株主総会の決議事項であり、登記事項でもある。増資を重ねて株主が増えていたり、種類株式を発行していたりする状況下において「発行可能株式の総数」を変更することは容易ではない。それらのタイムロスによって資金調達が間に合わない事は避けたいものだ。

1億株という途方もない数字にすると「恥ずかしい」と思うかもしれないが、熟れたスタートアップは「発行可能株式の総数」を予め増やしている。仮にIPO(上場)する場合、株式分割が必然的に行われるので増やしておいて損はない。

なお、関連法規の観点では、発行可能株式の総数を予め定めておけば「株式会社における最高意思決定機関である株主総会ではなく、取締役会が新株発行を決めても良い」という、上限規制的な性質を持つものである。しかし、スタートアップ企業においては、投資家との間で投資契約書が締結されている事例がほとんどであり、新株発行を行う場合は既存投資家の同意が必要である場合が多く、そもそも新株発行に伴って希薄化(ダイリューション)を起こす場合は株主総会の決議事項となるため、モラルハザードに陥りにくい。であるから、発行可能株式数の総数を増やしても問題が生じにくい。

参考までに、1億株でなくとも、5,000万株などでも良い。末広がりの8,888万株は、筆者的にはオススメしない。

ちなみに、発行可能株式の総数が多い会社は、登記簿(履歴事項全部証明書)を見るだけで、上場も選択肢の一つにしていると外形的に判断されるメリットも存在する。しかし市況が悪くなり、IPO冬の時代にはそのようなメリットは皆無に等しい。


2. 設立時の1株の価額を安くする

理由:
・CxOなどの要職を募る際にストックオプションを渡す場面など、1株の値段を100円などにしておけば小回りが効くため
・株式分割をすれば是正することも可能であるが、無駄な手間暇と費用が生じるため

投資家に与える印象:
ニュートラル

効果:
・資金調達、人材獲得の双方で小回りが効きやすい
・ストックオプション発行時における持分比率をコントロールしやすい

解説:
1株の価額を5万円、3万円、1万円といった具合に、設立時の資本金に応じて、なんとなく決めることは避けることが好ましい。昭和時代の商法の影響を受けて5万円という素案を提示されることもある。

また、1株あたり1円での発行も避けること。極めて稀な事例ではあるが、自己資本で長く走り続け、そろそろ増資しよう…と考えたときに発起時の価額よりも安い価額で発行できなくなる。なぜなら、日本国には1円未満の貨幣が存在せず、株式による資金調達が不可能になってしまう(※厳密には例外がある)。しかし、投資家からはじめて出資を受ける際に、発起時の価額よりも低い価額で増資する例は稀であるため、例外事例とした。

例)1株100万円の場合:
ここで、仮の例を通じて「創業者における持分比率の変動」を見てみよう。仮に1株100万円で発行してしまった場合、ストックオプションとして1株付与するだけでも100万円となる。ここで重要なのは、価額よりも持分比率の変動だ。

以下に、1株100万円で創業した際の例を記す。
2人のCxO候補者に対して、ストックオプションを発行する設定だ。

・発起時の資本金 500万円
・発起時の1株の価額 100万円
・発行済株式数 5株
・創業者 1人

発起時における創業者の持分比率は以下の通り。
(1) 発起時の持分比率 = 保有株式数 ÷ 総発行株式数・・・①
  創業者:5 ÷ 5 = 1.0000(100%)

意気投合した CxO を2人誘う場面になったとする。その際、ストックオプション(潜在株式)を、それぞれに1株ずつ付与するだけで以下のように創業者の持分比率が低下する。
  発行済株式数(潜在株式も含む) 5 + 2 = 7株
  創業者の保有数  :5株
  1人目CxOの保有数:1株(潜在株式)
  2人目CxOの保有数:1株(潜在株式)
①の式用いて持分比率を計算すると以下の通り。
  創業者  : 5 ÷ 7 ≒ 0.7142(約71.42%
  1人目CxO: 1 ÷ 7 ≒ 0.1428(約14.28%)
  2人目CxO: 1 ÷ 7 ≒ 0.1428(約14.28%)

わずか2株をストックオプションとして付与するだけで、約29%も持分比率が低下する(※厳密には潜在的に低下する)。このことについて「がめつい」「CxOのことを考えれば妥当ではないか?」という意見もあっても良い。スタートアップは、自らが自由に資本政策を決めることができる。

しかし、Preシード、シード、アーリーと、資金調達の回数を重ねていくとどうであろうか。仲違いしなければ CxO は安定株主とする見方も存在するが、資本政策は不可逆的であることを鑑みると危険な判断だと考える。

経営者間で仲違いしなくとも、幸運にもCラウンドまで進んだ場合には、創業者における持分比率の低下はIPO時のリスクになり得る。もし、IPOに向けて順調に進んでいるならば、創業者の持ち分を是正するための措置について、Cラウンドまでの投資家に対して懇切丁寧に時間をかけて、説得・納得・了承して頂く必要がある。IPO時でなくとも、Dラウンドにおける資金調達をするならば差し障ることすらあるのだ。これらはいずれも、スタートアップの時間の使い方としては正しいものではない。

上記ケースは極端な例であるが、シード期において、早くも創業者は33.4%以上の株式をCxOを含む自分以外に手渡すことになることは容易に予想できる。

例)1株100円の場合:
一方、発起時の価額を 1株 100円 にしておけば、4万5500円分(455株)などの付与が可能となり、小回りが利くのだ。そして、最もポピュラーな手法である「n%分付与」といった使い方もしやすくなることの恩恵が大きい。

以下が、創業時1株100円にした場合の例。
2人のCxOそれぞれに 約3% ずつ付与する設定であり、持分比率の変動に注目して欲しい。

・発起時の資本金 500万円
・発起時の1株の価額 100円
・発行済株式数 50,000株
・創業者1人

発起時における創業者の持分比率は以下の通り。
(1) 発起時の持分比率 = 保有株式数 ÷ 総発行株式数・・・①
  創業者:50,000 ÷ 50,000 = 1.0000(100%)

(2)ストックオプションをCxO 2人にそれぞれ約3%になるように付与する
  発行済株式数(潜在株式も含む) 50,000 + 2 = 7株
  創業者の保有数  :50,000株
  1人目CxOの保有数:1,600株
  2人目CxOの保有数:1,600株
①の式用いて持分比率を計算すると以下の通り。
  創業者  : 50,000 ÷ 53,200 ≒ 0.9398(約93.98%
  1人目CxO: 1,600 ÷ 53,200 ≒ 0.0301(約3.01%)
  2人目CxO: 1,600 ÷ 53,200 ≒ 0.0301(約3.01%)

1株100円に設定するだけで、国内のスタートアップで一般的な「割合ベースの付与」を行うことができた。仮に1株100万円の前例であれば、3%ずつ付与するといったことが実質不可能であった(*1)。

余談:
今回は、創業まもない時期に3%という設計にしたが、資本政策上の考えは別途である点に留意されたい。昨今は、上場前におけるCxOの持分比率が 2.00% を超える事例も見かけるからである。もちろん、共同創設者であればさらに状況は異なる。

なお、創業者が非エンジニアの場合、開発を担当するCTOに数多くのストックオプションを付与しがちであるが、これに関してもトレンドが変わってきている。定款の話と異なるため、これらは別の機会にご紹介する。

(*1) 株式分割すれば1株の価額を下げることができる。
   しかし、創業後すぐに株式分割するのであれば、その手間暇は、歩みはじめたばかりの起業家にとって
   足枷でしかない。それであれば創業時に1株の価額を抑えておくのである。

ストックオプションと税制適格:
1株の価額を低くして設立した場合の注意点がある。設立間もない頃にストックオプションを受け取った従業員などは、税制適格から外れることが多いことだ。しかし、順調にIPOまで進んだのであれば、初期から貢献している人物ほど税制適格であることが多く、その場合は、信託型ストックオプションなどのスキームを考えるのも一つの手段である。

パート2に続く

思いのほか長くなってしまったので、パート1はここまでにします。次回は、投資家の心象を悪くしがちな規定に触れる予定です。

各種、お問合せやご相談・ご質問は satoyuta@me.com までお送りください。
なお、ご質問に限り、企業などが特定できるセンシティブな事例を除いて、
note上で回答させて頂くことがございます。note上での回答を望まない方は、
必ずその旨を明記くださりますようお願い致します。
この note では、資金調達、資本政策、株式、株価およびスタートアップ企業に係る法律などに言及する点がありますが、それらは起業家に学んで頂くことを目的としており、法律相談、投資の助言や勧誘または金融商品の勧誘等を行うものではありません。また、読者自身および関係する法人・団体などにおいて、なんらかの意思決定を行う際には、弁護士・税理士・司法書士などの専門家の助言を得てください。

もしよろしければサポートをお願いいたします! 次世代の投資家のための、執筆・公演・イベントなどの費用に使わせて頂きます。