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景気後退時におけるスタートアップの生存戦略を考える

起業の動機は人それぞれ。だから、はじめて出会う起業家には、起業した背景をたずねる。それが起業家との心の距離を近め、その起業家が生み出すプロダクトに心を通わすことができる最短ルートであると僕は考えているからだ。

多くの起業家から相談を受ける内容の一つに「どの事業で起業するのが良いですか?」というものがある。その起業家が特定の市場に精通しているならば、その市場における重要課題を解決する事業を行なうことは順当なアプローチだと思う。

しかし、問題はここからだ。1年・3年・5年・10年・25年と事業を続けていくと仮定したときに、起業家がこれから取り組もうとしている分野にどの程度の熱量(パッション)を注ぐことができるか、ということである。

往々にして、スタートアップは苦しいことの連続であり、選択を誤れば一晩で絶望の淵に立たされるかもしれない。起業して2か月目で絶望することもあれば、6か月目でシード・アーリーステージの壁を感じることもあるだろう。3年目ではシリーズBに漕ぎ着けられずに、楽しかった事業開発を泣く泣く他の人に任せて資金繰りに奔走することもある。そして、資金繰りを乗り越えたと思ったら、任せきりにした組織はボロボロになっていた…なんて話もよくある事例だ。このような苦節を経験しているスタートアップ企業のほうが、成功したスタートアップよりも遥かに多いのだ。

新型コロナウイルス以前の世界

苦労ばかりのスタートアップであるが、様々な場面で必要とされるものは、胆力という表現がしっくりくる。その源になるのがパッションだ。起業家はビジョンを語り、未来を描く。それをチーム内に共有し、社内の戦略家たちが実現に近づける。こうして、水平展開・役割分担するチームはとても強い。ビジョナリーであったウォルト・ディズニーにも兄のロイ・ディズニーの存在があったし、ソニーの井深大には盛田昭夫がいた。

僕の場合は、解決したい課題に対して極めて高いパッションを持つ起業家に投資したいと考える質であるが、その考え方が景気後退局面でも第一選択として有効であるか?ということについては再考の余地があるだろう。

特に、日本においては、IPOが出口戦略のファースト・シナリオとして位置付けられ、概ね7年以内に上場し、どんなに短くともその後の10年間は経営者として手腕を発揮するような中長期的な計画が求められていた。このような場合においてパッションは極めて重要になる。心が折れそうになる場面でも、自らを奮い立たせて邁進する。新型コロナウイルス以前の日本におけるスタートアップはそんな状況であった。

景気後退局面における資金調達環境

ここからはIPOによるExitを前提にした話ではなく、少し現実的な話をしてみようと思う。多くの起業家にとって退屈に感じるかもしれないが、直視しなければならばい現実なのだ。

さて、少なく見積もって今後10年間は、日本においても出口戦略に「M&A」を見据えたスタートアップが増える。というよりも、増えざるを得ない。資本政策上においてM&Aも視野に入れたファイナンス計画が求められるであろう。景気後退局面が確定したいま、事業会社からの投資(CVC = Corporate Venture Capital)も渋くなり、ファンドを組成するベンチャーキャピタル(VC)もこれまでの考え方を変えてきている。事業会社は、VC等が組成するファンドにお金を投じる存在でもあり、さらにはCVCも運用していることもある。2010年代後半の大型調達を支えてきたのは事業会社であるが、その事業会社がリスクマネー(ベンチャー投資)に対して慎重な姿勢を見せているのだから、スタートアップの財務計画への影響は甚大だ。

つまるところ、従来のIPOをファースト・シナリオにした出口戦略においては、4〜7年間は収穫を待つ必要があった。ところが、新型コロナウイルス後の世界においては、即座にシナジーを生み出すことができるスタートアップ企業を買収したいという機運が高まっているように感じる。R&D的な要素が強い部分は他者のリスクマネーで成長してもらい、リスクを減らした収穫期に到達したスタートアップを買収するという、極めて順当なM&Aの手法だ。

誤解なきように書き添えると、それらを悪く言っているわけではない。なにしろ、スタートアップのことを "今も覚えていてくれている" 事業会社は有り難い存在なのだから。数多くの事業会社が、新規のリスクマネー投資はしばらく凍結するという判断を行っているのだ。2020年4月以降に調達を完了したミドル・レイターのスタートアップ企業からは「新型コロナウイルスが本格流行する前までは交渉のテーブルにいた事業会社が消えた」という話がいくつも聞こえてくる。そんな中であっても、さらなる成長ドライバーを担う役割としてスタートアップにスポットライトを当ててくれるのであれば、こんなにも有り難い話はないのである。

情熱の細分化が進む

景気後退局面であっても『やり遂げる』という点でのパッションは必要であることは変わらない。変化するのは、情熱を注ぐ期間・対象かもしれない。何しろ、ティー・パーティーは終わってしまったのだ。

シリコンバレーにおいて、GAFAMに買収されることを前提としたようなスタートアップにおいては、解決したい課題に対するパッションはさほど高いものは求められていないように感じている。

新型コロナウイルスの流行以後、残念ながら世界の人々は冷静になった。ドットコムバブルを経験した経験豊富な投資家は「これがあるべき姿なのだ」と言うかもしれない。こんな世の中だからこそ、これから起業する場合におけるいくつかのパターンのうち2つを紹介しよう。

新型コロナウイルス後の起業のあり方

一つ目のパターンは、自分が取り組む事業におけるM&A時の時価総額を予め見積もり、その計画に対して圧倒的情熱をもって取り組み、コミットするというパターンだ。ニッチな市場を狙っていると言われるかもしれないし、小粒と言われるかもしれない。しかし、そんな評価は聞き流せばいい。大抵はリスクを取らない人物がそのようなことを口にするものだ。

そもそも、起業家のリスクヘッジは悪いことではないし、大企業がやりにくい領域を俊敏に成し遂げることで力を発揮することは悪くない。起業家が取るべきリスクが市況にあわせて変化するのは当然であり、市況が悪い時期に大きなリスクを全て背負えというのは些か酷な話ではなかろうか。

そういった場合には、キーマン条項(被買収後に辞めることが出来ない期間を定める契約)を念頭においてライフプランを立てる起業家もいるであろう。新型コロナウイルスの流行によって、人々の生き方や価値観も変わったのだから、起業家の価値観が変わっても良いのである。だから、IPOを前提とする、20年を超えるような期間を通じて一つの事業に情熱を注ぎ、成し遂げるような熱い起業家とは全くといって良いほど異なるタイプの起業家であろう。

二つ目のパターンは、次のGAFAMになろうという壮大なビジョンを持ちながら『Next ユニコーン』を目指しつつも、本体の事業を切り出して特定の事業を行なう子会社を設立し、その子会社を次々と売却して行く手法だ。自らのことを述べるのははばかられるが、起業家としての僕はこのパターンを選択している。

事業売却で良いのではないか?と考えるかもしれないが、売却範囲や売却後における旧親会社の本体との協業関係などを考えれば子会社を作るメリットは大きい。親会社のコア事業を活用したサブ事業を提供して行き、子会社が適切なサイズになった時に売却する。その際における、社内メンバーに対するインセンティブ設計や、親会社に対するキャピタルゲインの設計も必要だ。親会社が出資を受ける立場であれば、投資家保護の観点からも熟慮すべき事項がある。

ガバナンスおよび特別利害関係等の課題にも慎重になる必要があるだろう。こうして書き連ねると難解にみえるものだが、実際に検討してみるとそう難しいことではない。とはいえ、こういった知恵を授けるハンズオン型のVCや投資家が登場しても良いのではないかと僕は思う。起業家としての僕はこのパターンを選んだし、投資家としての僕もこのパターンを選択肢の一つとして投資先に提示している。

詳しい方法について知りたい場合は、SNSなどを通じて個別にメッセージを送ってほしい。

いつかは晴れる

人々は、経済的に悲観的な場面に幾度も遭遇してきたが、いつかは晴れることも知ってる。新型コロナウイルス以後の世界においては、確かに、悲観的かつ謙虚なシナリオが求められている。ただし、GAFAMを超えるような新しい企業を創らなくては社会を変えることができないと考える起業家の声を無視することはできないだろう。

そういった際に、新しい時代のスタートアップの在り方を支えるための、ファイナンスやテクニカルな知恵を吸収する機会・方法・相手がこれから必要になると考える。このあたりの話題について、議論が活発化することを願わずにはいられない。

最近の日本では、資産管理会社を起業時から作る手法が流行している。そういった税制面・安定株主・事業承継の話はさておき、これからの社会においてはスタートアップがコングロマリット化するような設計を行なうことで、とても面白いことが起こるのではないかと思う。そういったスタートアップに対してデット・ファイナンスのスキームも闊達になれば、銀行も新たな活路を見出すことができるのだ(※)。

(*)主に国外において、既に一部のメガ・ベンチャーに対してそのような金融商品を提供している金融事業者は存在する

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