見出し画像

自然災害の『教訓』 基礎知識が対応力育む

(2023年3月25日付静岡新聞「時評」欄への寄稿記事)

 過去に起こった自然災害の「教訓」を伝える、学ぶ、といったことの重要性は今更言うまでもないだろう。手元の明鏡国語辞典で「教訓」を引くと「教えさとすこと。また、その言葉や内容」とあった。個々の災害事例でみられた事実や、次の災害時に向けた教えとなるような(プラス・マイナス両面からの)出来事を伝えていくことなどが、災害の「教訓」に当たろう。

 災害の「教訓」として、特定の災害事例で現実に起こった事実を知ることは無論重要だ。ただ、それはあくまでも特定条件の組み合せの下でみられた「教訓の一つ」であるという視点を忘れてはならないだろう。

 例えば2014年8月の広島市での土砂災害は深夜に発生した豪雨によるもので、事前の予測も難しい状況だったこともあり、いわば「寝込みを襲われる」形で多くの人的被害がもたらされた。こうした災害が教訓となったものと思われるが、「夜の災害に要注意」といった趣旨の話をよく聞く。

 無論この話が間違っているわけではないが、あくまでも「教訓の一つ」である。筆者の調査によれば、風水害犠牲者を発生時間帯で分類すると、昼間・夜間はほぼ半々であり、夜間だけに犠牲者が集中しているわけではない。夜には夜の怖さが、昼には昼の怖さがあるということだ。

 自然災害について学ぶのであれば、特定災害事例でみられた出来事を知るだけでなく、災害を引き起こす現象に関わる自然科学・社会科学的な基礎知識を何らかの形で学ぶことも必要だろうと筆者は考えている。こうしたことを学んでも実践的な災害・防災の役に立たず無駄のように感じるかもしれない。しかし、個々の自然災害事例はさまざまな自然・社会条件の無数の組み合せで構成されており、基礎的な知識は今後起こりうるさまざまな条件下での災害時に柔軟に対応する基礎体力になると筆者は考える。またこれは、自然災害に関しての話だけではないとも思う。

 まもなく年度が替わり、新たな学びの場、活動の場に向かう皆さんも多いだろう。一見つまらないと思うかもしれない「基礎知識」を学ぶことが後日、自分の関心事に取り組む際の踏ん張りどころで「役に立つ」かもしれませんよ、ということをはなむけの言葉として送りたい。

【note版追記】

 各所で言っていることですが、特定の災害の「教訓に学ぶ」だけでなく、基礎的なことを知っておくことが重要でしょう、という話をあらためて書きました。どの程度が「基礎的なこと」なのかは大変難しいです。あえて目安を示すなら、中学あるいは高校の「地理」(『地学』ではありません)かなともおもいますが、絶対にそうだ、と言えるほどではありません。ただ、災害に関わる「できごと」「エピソード」「経験」など「だけ」を知るのでは十分ではないだろう、とは思っています。

 文末では、ちょうど掲載が年度末に当たったことから、新たな門出に立つ方達をイメージしたことを書き添えました。いささか説教くさく、年取ったな、とも思いますが。

※写真は手元の写真から春らしいものを一枚。撮影場所は、背景からわかる人にはわかるでしょう。


記事を読んでいただきありがとうございます。サポートいただけた際には、災害に関わる調査研究の費用に充てたいと思います。