時を止めた際の注意点

春の週末は何となく寒く、地方都市のカビたアパートに住む俺は遮光カーテン越しに外を見ている。
ベッドの上であぐらを組みキャメルメンソールに火をつけて燃えたタールを吸い込み、吐いた煙がドライアイの眼球を直撃して世界を憎んだ。

思春期の頃、教室内で時間を止めて好きな子に触ってみたいものだ、と思いながらDr.グリップのシャーペンを振って過去完了の英文を解いていた。
この世の誰もがたどり着くこの願望は中学生の俺にもキチンと訪れて夢を見せてくれた。

しかしここで重要になってくるのは止めた時が動き出したとき、俺が完全なる無罪で日常を継続できるかどうか。
俺は考え続けていた。
あらゆる「かもしれない時止め」を心がけてシミュレーションを繰り返していた。

もし触った瞬間に時が動き出すタイプの時止めだったら?

→まず時が止まった瞬間に自分が願って時を止めたにも関わらず「え!お、おいみんな!どうしちまったんだ!」と中学生日記も真っ青の棒演技で動揺を伝えたのち、とりあえず近くの男友達の肩を揺さぶり試す。
動かない。クリア。

もし性的箇所に触れた瞬間、時が動き出すタイプだったら?

→近くの男友達の乳首や股間をいじくり回しながら「どうしたんだよ!」と演技を続行。
動かない。クリア。

もし身体上の時は止まっているがずっと意識や感覚は生きているタイプだったら?

→これが最大の難問でこちらからそれを認識することができないため正直ほぼお手上げ。なので一度ここで行為を切り上げて時が動き出すのを待つ。
我々はアウストラロピテクスから進化し、文明を作り知識を深め、法を作り理性を得た。
本能のままに体を動かし他人を傷つけてしまってはこれまでの歴史が俺を許さない。
もし意識だけが生き続けているタイプなら時が動き出したときに友達から「お前すげぇチンコ触ってきたけど何なん」と言われてえへへあははと笑い合って終わり。
そこで俺は心から「女子に触らなくて良かった!」と
安堵して清々しい気持ちを持って春からの高校生活に希望を持つことができる。
逆に男友達が何も言ってこなかった場合、次に時が止まった際にフルパフォーマンスで法で裁けぬ行為をかましてこの街をゴッサムシティに変えてやる所存。
俺の人生に新たなる希望が生まれる。

ここで一つ不安要素としては意識だけが生きているタイプだった場合、クラスメイトみんな俺が男友達の股間をいじくり回す現場を目撃することになり、その後の俺のクラスにおけるスタンスが難しくなることくらいか。

立て続けに吸ったタバコを消して俺はベッドを離れる。
コンビニにタバコとコーヒーを買いに行こう。
春を伝える風はその勢いに反して柔らかく、俺のパーカーのひもを揺らしながらどこかへ行ってしまった。

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