Notes of a Dirty Old Man For Introduction

2007年よりのことだったと思いますが、
あの頃は京都の十条油小路近くに住まいしておりましたが、
良い仕事にぶつかったとの思いで、
いつものことですが京都より居を移して雄琴へ。

最初は通っておりましたが真面目さだけが売り物の男、
認めて頂いたからか長く働いて貰いたいの気持ちの現われでしょうか、
条件の良い琵琶湖岸の寮に入れた。

やっと落ち着いて来たとの心とは裏腹に、
一年程が経ち起こった夜勤の無理故のことでしょうか、
精神の不安定が現れ、頼るものない独り者、
早速に病院へ行けばお医者先生の見立ては抑うつ状態。
仕事を続けていればうつ病になる、と脅かされた。

私の心の内でのことは分かりかねますが、
長く働き生きて来ての初めて貰った抑うつ状態との診断書。
最初は簡単に夜勤の無理と思ったけれど、
よく考えてみれば家庭を持って仕事を進めていた時からの、
離婚後の独りぽちで渡る世での無理もあったやら。

ひょっとしたら畏いなるものの、
少し休みなさいの心遣いの現われだったのかも知れない。
どんなになるのかは知らないけれど、良くないことは分かってる。

難しい話しになるは知ってる故、
診断書を貰いお若いマネージャーに事情を話せば、
やはり辞めたい、ダメダメの押し問答で最後は診断書が見方で辞められた。

そんなこんなに続いての京都に帰っての、そんな時には頼りになる、
08年の十月頃からの共産党系の病院への週に一度の通院が始まった。
最初の頃は指示の通りにしていた安剤眠剤の服用。それも初めてのこと。

そんな折に起こったことですが、
年が明けて一月の末、直に五十九歳になる頃だった。
私に起こった不思議ですから他人に話してもこんなことだよとか、
教えてくれる方とておらず、ただ感謝の思いを思うだけです。
ただ私に起こっただけのことで、この度のように呟きを聴く訳じゃ無く、
誰に感謝を、何のと思うだけだった。

長く続いた飲酒の悪癖。酒に手が行かなくなりにけり。
今の今も続くこと。
そしてそれに続く、酒代が浮きパソコンを求めての、
先ずは調べものに始まり、霊氣に続き、時を置いて書きものを始め、
酒を呑まないから出来た渡緬までしての瞑想修行。
誰に感謝は知らないけれど、
酒代が浮いて人生に広がりを貰ったは間違い無い。大感謝だ。

人生七転び八起きの見本かね。
酒に手が行かないから続けてられる書きもの。
ここまでで終わり、は無い話し。
高校三年生の時の父への将来への意思表示。
叶った叶わなかったは無いことにして、
今の今に幸いに事務所とのつながりも持て、なんの障りがあるじゃ無く、
ただ一日の午前中の二時間程を考え続け書き続けるばかり。
一抹の不安は身体の不調の出来だけだ。
そう、そんな時はことさらに丁寧に手を当てる。霊氣がある。
心身の絶不調からここまで来れました、のお話しさ。
二冊目の書き下ろしを出かす迄、今少し頑張ろう。
~~続く

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