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小説のつづき 9

「かまわないさ、君と二人だけでもう一度始められたらって神戸の家に行った時
から思ったんだよ。やっぱり君がいい」
「XX君ね、よく考えて。私と別れて、今の奥さんと結婚したんでしょ。私より奥
さんの方が良かったんでしょう!又、悲しい結末だけはいやよ。せっかく巡り合
えたんだから、今のままじゃ駄目なの?」
「僕は、もっと君を感じていたいんだ。話すだけじゃなくて、抱きしめたり、体
を重ねたり、五感全部で君をつかまえたい」
「じゃあ奥さんや子供達はどうするの。そのままで私とまた始めるの?そんなこと
うまくできるの」
「そこまでは、まだわからない。奥さんとは、上手くいってない。もう、多分好
きじゃない。でも離婚までは、まだ考えられない。自分でも君にあってからの急
な心の変化に戸惑っているんだ」
「私だってそうよ。奥さんとの満たされない関係の、穴埋めみたいにされるのは私いやよ」
「もちろんそんなことはない。真剣だよ」
「でも、本当にどうするつもりなの」
「わからない。けれど君が欲しい」

「少しは現実的に考えてちょうだい。XX君ちょっとわがまますぎ。 だめね、今、話をしても、こんがらがるだけだわ。ここで答えを出すのは止めとく。どうしてもっていうなら考えてみるわ。もうお互い子供じゃないしね、きっとなんとかなるんでしょう」

僕はその時、強引に押し切っておきながら、自分が絶対に彼女を悲しませること
なく、これからの生き方を変えていけるのか、本当のところ自信はなかった。た
だ、体を重ねることで、より強固な関係に進めるような気がしたのだ。懐かしい
愛情ではなく熱い今の気持ちに答える物が欲しかったのだ。

熱くなりながら懸命に話したのに、海は何も知らないように僕達に心地よい風を
送ってくる。
話になんとか一区切りがついた時、目の前の桟橋に、真っ白な美しい形をした大
きな遊覧船が入って来た。

「ねえXX君この船に乗ろう、もう話し疲れちゃったわ。こんなにいいお天気だし
港を一周しましょうよ。お腹も空いたし喉もカラカラだわ。
中で食事もできるからいいんじゃない」
「そうしようか、君はこの船に乗ったことあるの?」
「もちろん初めてよ、神戸の人はあんまり乗らないわよ、話に聞いているだけ。船
上結婚式をあげる人たちもいるそうよ」

僕達は、食事付きの乗船券を買うと船に乗り込んだ。船内は、真新しくて美しく
作られていた。
大きな窓から海が眺められる席に案内されると、程なくドラの音が鳴りエンジ
ン音がかすかに高まって船は、出航した。港をひとまわりして明石海峡大橋のた
もとまでクルーズする旨のアナウンスがあった。
席に着くと二人は、ビールで乾杯した。ハーバーランドの観覧車やホテルが予想
より早いスピードで、どんどん小さくなってゆく。船がかすかに揺れているの
が、グラスのなかのビールの傾きでわかる。
僕達は、しばらく食べることと飲むことに集中した。


さっきまでの切羽詰まった会話が嘘のような、自由でゆったりした時の中にいた。
この海の上なら誰にも邪魔されないとでも言うように。

食事を終えてデッキに出ると、夏から秋の空に変わった澄んだブルーの空と海が
一杯に拡がっていた。

僕達は体を寄せあって、じっと海を見つめていた。
もう何も話さなかった。風だけが、音を立てて二人にまとわりついた。
                              つづく