【読書】2024年7月度に読んだ本(後編)
周囲で三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)を読むのが流行っているようなのですが、私の固有スキル「読んでいない本について堂々と語る」を発現するかどうか迷っています。
前編に続き2024年7月度の読んでいた本を紹介します。
青井博幸『ビールの教科書』(講談社学術文庫)
2003年に刊行された本の文庫版。説明すべき点は多くないのですが、教科書と謳うだけあって知識の伝授だけでなくオルグを欠かしません。「日本の一般的なビール好きは、ビールに対してあまりにも知識が無さすぎるのだ」(p14)と著者は嘆きますが、ビールに対して知識があると、何が嬉しいのですか? 日本のビールは「貧しい楽しみ方しか用意されてこなかった」と著者は述べます(p16)。多様なビールの様々な味わいの中からTPOや好みに応じて選択して飲むという欧州の常識が日本でも普及すればよい、と考えているように受け取れます(p16あたり)。これまでの日本人は国外に豊富に用意されていた選択肢をみすみす逃していた、もったいない、と言いたいのでしょうか。
本書はその豊富な選択肢を、歴史的経緯含めてしっかりと説明します。ビールのタキソノミー(分類学)を製法や起源や味わいの特徴も添えてしっかりと説明します。蜂蜜酒ミードの代わりに発達したエールの逸話や、ビール純粋令は実は食料としての小麦を確保するための法令だった(p29)など、起源にまつわる話題などは大変興味深く読みました。
本書のp105などを読めば、なぜプレモルの青い缶(エール)は華やかな香りなのか、少し理解できてきます。また、第5章ではビールを品評するための評価項目(泡持ちなど)や香りの分類を説明しています。観察の理論負荷性を引き合いに出すわけではないですが、知覚された体験の名称が与えられれば、ビールを飲むことの体験をもっと分節化でき、かつ詳細に他人に報告できるようになり、より豊かな人生につなげられるようになるかもしれません。ポーヒョン!※
大川玲子『増補 聖典クルアーンの思想━イスラームの世界観』(ちくま学芸文庫)
みなさんの勤め先や学校には礼拝のスペースがありますか? ヘイシャでも人材の多様化が進み直接部門にも間接部門にも数人のムスリムが勤めるようになってきました。
本書にはクルアーンの内容や構成、ムハンマドの生涯、教義の解説、ムスリムの一般的な人生観の説明などが含まれます。p192のイスラームの天体観は教義の内部でがんばって合理的説明をひねり出した感じがあって大変面白いですね。キリスト教の三位一体説を巡る論争を思い出してしまいました。特に興味深く読めたのは、明治時代以降の日本におけるイスラームの受容を概説した第4章と、911以降の欧米におけるムスリム改宗の増加についてデータも交えて述べる第5章でした。いずれも、翻訳が許されない啓典クルアーンの翻訳の経緯や工夫を軸に説明されており、イスラーム世界を少し身近に感じることができます。
p240から描かれる満鉄のイスラーム研究者・大川周明の半生と功績が印象に残りました。
※ ジョイス(柳瀬尚紀訳)『ダブリナーズ』所収「委員会室の蔦の日」において描かれた、スタウトの瓶の栓が飛ぶ音。
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