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【おすすめ本】色川武大/怪しい来客簿

読書というのは困ったもので、読めば読むほど読みたい本が増える。有名な作家でも読んでいない人が僕にはたくさんいる。色川さんもその一人だった。

▼▼今回の本▼▼

色川武大は1929年生まれ。お父さんは退役軍人で、べつに働きもせず、家族は恩給で暮らしていた。戦争が終わると、ばくちに明け暮れて、そのひぐらしの生活を送る。阿佐田哲也名義で「麻雀放浪記」というエンタメ小説も書いていて、この本の新装版カバーイラストを描いたのは「カイジ」の福本伸行さんだ。

とにかく不思議な文章を書くひとで、不思議なひとだったんだなと思う。外からみれば破天荒なのに、一本芯が通っている。少しもなにかを演じているようなところがなくて、おのずと周りに人が集まってくる。空襲の体験もあって、生と死を軽々飛び越えてしまうような図太さがあるのに、ヘンなところでこわがりだ(川上弘美さんが色川さんを好きなのがよく分かる)。人をすごくよく観察している。クセがあるのに透き通った文章を書く。例えば、

当時私は左のような戒律を自分に課していた。
一か所に淀まないこと。
あせって一足飛びに変化しようとしないこと。
他人とちがうバランスのとりかたをすること。

色川武大. 怪しい来客簿. 文春文庫, 1977, p.33.

私のような劣等生出身が一ヶ所に淀んでしまったら救いようがない。せめて、皆から軽蔑されようと思っていた。軽蔑されているうちは、なんとかそれを逆手にとってこちらも生きのびることができる。軽蔑のタネが切れて相手に憎まれるようになったら、他の社に移ればよろしい。社を移りまくってその末にどこがどうなるというめどもなかったが、そうやって転げるように生きてってしまおう。

同上. p.36.

私の接近で、彼が背負いこんだ一番大きなものは、"笑う"ということではなかったか。"笑う"ことでバランスをとろうとする。それは戦争の最中に微妙な年齢を迎え、さらに父親を失い、すべてに不安定だった彼にとってきわめて魅力的な対処策だったろうが、そのかわりどんなことがあっても"笑い続け"なければならない。そういう麻薬のようなものだったと思う。

同上. p.96.

この本の解説で、長部日出雄さんは「ぼくの場合は、生きていたときよりも死んでからのほうが、ずっと色川さんの本を読みかえす回数がふえた」と書いている。作品にそれだけ、色川さんという人格が宿っていたということなんだろう。

(おわり)

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