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エッセイ:片足のおばあさんの話【ファベーラ滞在記】

今週もこんにちは。関東はいい天気です(暑いけど)。昨日は次のアフリカ出張のために荷造りをしました。

このマガジンはファベーラ(ブラジルのスラム街)の滞在記です。スラム街と聞くとこわい場所のようですが、そうではなく、普通の人が普通に暮らす街。今回は僕が実際に出会ったあるおばあさんの話です。

1. 片足のおばあさん

ファベーラに住んでいた頃、僕にはお気に入りの散歩ルートがあり、途中でいつも道端に座っている白髪の女性に挨拶をした。

散歩ルート。

白髪の女性の名前はエディナといった。
背中の丸い小さなおばあさんで、よくチョコレートクッキーを食べていた。

エディナの横には松葉杖が立てかけられていた。右足首から先がなかったのだ。糖尿病の治療のために最近切断したと言う。

ブラジルの公立病院は基本的に(じつは外国人も)無料だが、無料ゆえ質は低くまともな治療は期待できない。
ファベーラの人々はお金がないのでバス代も惜しんでなかなか病院に行こうとしない。

私立病院を受診し、糖尿病が早期発見できていれば、エディナが足を切ることはなかったはずだった。

散歩中に見つけたのらねこ。

2. 2018年ブラジル大統領選

ところで僕がいた2018年10月、ブラジルは史上最も過激と言われた大統領選挙の只中だった。

南米のドナルド・トランプとも呼ばれた超右派のボルソナロ氏は女性や先住民、性的少数者や黒人、貧困層に攻撃を繰り返していた。
「貧しい連中はブラジルから出ていけ!」と言ったり、先住民にまるで人間ではないような物言いをしたり、言いたい放題だった。

当時は街中で毎日のように政治デモがやっていました。

基本的にボルソナロ氏の支持層はそれまでの左派寄りの政治に嫌気がしていた富裕層だったけど、ファべーラの貧困層からも一部支持されていた。

貧困層に攻撃的なボルソナーロが貧困層の支持を得られたのはなぜか。

支持基盤があったからだ。その支持基盤が福音派(Evangelica)と呼ばれるプロテスタントの宗派だった。

エディナもまた福音派の信徒だった。当時僕は福音派に対してネガティヴな印象を持っていたけど、エディナはこう話していた。

「福音派はすごくいい。私が入信したのは数年前にこの足を切断した後だけど、入信して本当に良かった。教会に行けば、自分と同じように病気で苦しんでいる人たちに会って励まし合えるから」

福音派はエディナの心の支えになっていたのだ。でも、同時に、エディナのような貧しい人たちを攻撃するボルソナロ氏を支援してもいた。

福音派のエディナはボルソナロ氏に投票しただろう。結果的に、この選挙にボルソナロ氏は勝利してブラジルの大統領になった。

3. コロナ禍、そして

日本に住んでいると、大統領が変わって人々の生活に大きな影響が出る、ということにピンとこない人もいるかもしれない。

数年後、コロナ禍になった。

ボルソナロ氏は「コロナは軽い風邪」と言い放ち対策を取ろうとしなかった。
外出自粛要請をした州知事を罵倒し、保健相はボルソナロ氏と意見が合わず何回も交代させられた。

ブラジルは世界第2位70万人近い死者を出した。その責任の一部は、間違いなく対策を怠ったボルソナロ氏にある

ブラジルのコロナ死者は圧倒的に貧困層に偏っていた
そもそも感染する人が多かったし、死亡リスクも高かった。
お金を稼ぐために働くしかなくステイホームできず、感染後もまともに治療が受けられなかったからだ。

僕の知っていた人もコロナで亡くなった。そのことは電話などで聞いていてずっと心を痛めていた。

三年後の2022年の年末、僕はファベーラに戻った。
エディナは変わらず聖書を読んでいて、本当にホッとした。
同時に思った。この国にはいったい何人のエディナがいるのだろう。

何が良いことで何が悪いことなのかずっと分からなくて、エディナのことを今でもよく考えている。
ファベーラにはまた戻るつもりだ。
その時もエディナが元気でいてくれたらいいなと思う。

(おわり)

僕が当時住んでいた部屋から見た景色。
手前がファベーラ、奥がビル街です。

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