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言葉による創作

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気が向いたときにやっている言葉による創作です。短編、俳句、詩など。
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#小説

その名はカフカ【ピリカ文庫】

 リンツで最後の乗り換えをし、窓際の席に腰を下ろした途端、どっと疲れが押し寄せてきた。コンパートメントには私の他には誰も座っていない。窓の外の景色は夕日に彩られ鮮やかだったが、もうすぐ夕闇に飲み込まれてしまうのだろう。それでもかまわない。オーストリアを抜けてスロヴェニアに入るまではどうせ山しか見えないのだ。  列車が走り始めてほどなくして 「お飲み物、軽食などはいかがですか?」 コンパートメントの扉がゴトゴト音を立てて開かれ、給湯ポットやペットボトル、サンドイッチ、菓子など

そのひたすら真白き世界にて《白》

ピリカグランプリ運営委員の方々のこちらの企画に参加します。 本作品はさわきゆりさんによる小説の前半から始まります。後半が拙筆となっております。 《前半》 透き通るような白い肩を、金に近い栗色の髪が滑り落ちてくる。  フェイシアはゆっくりと両腕を上げ、頭の後ろで指を組んだ。  スカイブルーの背景紙に、ささやかな細い影。黒のベアワンピースをまとった背中が、健吾と僕のカメラの前に凛と立つ。  ライトを浴びて輝く腕は、まるで真珠のように艶やかだ。 「すげえ……」  健吾が、ため

浮き彫りバッカスは葡萄を見つめる

初めに異変に気がついたのは、ガラスの大皿が割れたときだったと思う。その厚手の透明ガラスの皿を父方の祖母から譲り受けたのは20年ほど前だが、彼女の嫁入り道具の一つだったのかもしれない。少年の姿のバッカスが手にした葡萄の房を見つめるレリーフが裏面から彫り込まれていて、今同じものを手に入れようとしたら相当な金額になると思われる、手の込んだ作りだった。このような大皿は我が家にはこの一枚しかなく、ずいぶん重宝していたのだ。 ところがある日、真っ二つに割れてしまった。焼きたての丸パンの

革命製懐中電灯

「なあ、親父さんが昔、海外セレブのボディーガードだったって本当?」 若い男の質問に、骨董品屋の店主にしてはガタイの良すぎる肩を微動だにせず、老人はその男の持ち込んだ古めかしい懐中電灯を見つめている。そして 「うちじゃあ、こんな新しいものに値はつかん」 と、ぼそりとつぶやいた。 「一体、これのどこが「新しい」んだよ?」 男が反論する。こんな態度の若い客など昔は相手にしなかったんだが、と出かかった一言を抑え、老人は窓辺にたたずむガラス工芸の手の込んだ花瓶を指さした。 「あれは16