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近未来建築診断士 播磨 第4話 Part6-6

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.6『劣化機能の更新業務』 -6

【前話】


 廊下を見回していた刑事がドアの前に戻った。彼が見下ろす黒い箱、解錠装置の表面にはなんの表示もない。端末に流れるログにはシリンダー錠が開いたと記されていた。

『鍵は回った。あとは暗証番号だけ』

 誇らしげな春日居の声と共に、装置がぎちりぎちりと音を立てる。スイッチを押している音なのだろうか。

「播磨さん、消防車です」

 牧野氏が袖をひいて窓の外を指す。ベランダから見下ろす夜の町は明るい。中層の建物群が照明をまとってひしめく中を、ちらちらと赤い光が過ぎった。

「皆さん、来たみたいです」
『わかってる。急かすな』

 解錠装置は不穏な音を立て続けている。ログを見ても内容はさっぱりわからない。いまどこまで進んでいるのか。あとどれだけあるのか。

 その時、隣から震動音が鳴り始めた。牧野氏の端末が鳴ったらしい。ズボンから取り出して小さな画面を見ると、彼は小さく息をのんだ。

「管理システムです」

 牧野氏につめよって端末をのぞきこむ。住民向けのそのページには、たったいま追加されたらしい『セキュリティアップデートのお知らせ』の文言が光っていた。

 同時に春日居の舌打ちの音が通信に混じった。

『暗証番号はわかった。入力もした。でも鍵が開かない』
『失敗したのか』
『いや、解析は間違ってない。もう一度試してみたけど・・・・・・』

 牧野氏と顔を見合せる。どうやら偶然では無いらしい。思わずため息が漏れた。

「たったいま住民向けのページが更新されました。建物の一部セキュリティが変更されたと書いてあります」
『は?システムが単独でパスを変えたってこと?!理事会の承認無しで?』
『そんなこと言ってる場合か』

 群青手甲が解錠装置をドアから引きはがす。あらわになったテンキーのデジタル表示盤には『番号が違います』と文字が点灯している。

 町会長の話では、セキュリテイの見直しは半年ごとの理事会で行われるとのことだった。人が決め、機械が実行するというプロセスは守られていたということ。だが緊急時はその限りでなかったのかもしれない。

『先生、そろそろ決断の時だ。それともまだ次善策がーーー』
『兄さん。人』

 すぐさま刑事の視界が歪み、画像リンクが途切れた。真っ暗になった視界に『かくれんぼ中』の文字が表示される。おそらく装甲服のステルス機能を使ったのだろう。

『OK、こっちはやりすごした。だがまずいぞ。廊下をうろうろしてる』
『サーバー室前、見張ってる感じ?』
『いや。吹き抜け全部見渡してる。でも、なにかしたら見つかる』
『・・・・・・だってよ先生』

 消防車が下の通りに現れた。赤い車体がまっすぐこちらに向かって来る。手元の端末には11階の配置図が表示されているが、そのドアが見える位置に赤い光点がひとつ瞬いている。春日居が見張りに立っている住人を表示したか。

 時間は残り少なく、正面から部屋に入ることはどうやらできそうにない。

 先生がよく言っていた。
 城郭や要塞でもない限り、建物は意図した破壊や侵入には対処できない。居住者が暮らしやすいほど、居心地がいいほど、防犯のための性能は犠牲になりがちであると。

 サーバー室は人の住まう空間ではない。それだけにガードも固くできているようだ。甘かったかもしれない。春日居と作治刑事に頼れば正面突破は容易いと考えていた。

 だがまだだ。まだ手は尽くし切っていない。外壁から押し入る方法も無いでは無いが、もしかしたらもう一つ使えるルートがある。

 端末を操って写真を呼び出す。先ほど春日居が配置図の更新と同時に、ドローンで撮影した11階天井裏の写真も届けてくれていた。

 暗い天井内は思った通りの過密さだった。天井材を吊す鋼製長ボルトが規則正しく張り巡らされ、その間を電気配線や空調ダクトが並んでいる。天井板のわずかな隙間から廊下の照明光が入り込み、それらをぼんやりと照らしていた。

 それらの影の向こうに空隙が空いている。拡大してみると、それはモノレールだった。吹き抜けに面する壁部分はスライド式鋼製扉になっている。平常時はそこから天井裏に車両が入ってくるのだろう。扉枠と一体になったレールが、そこから天井裏のさらに奥へと伸びている。写真を拡大していくと、レールは突き当りにある鋼製扉に飲み込まれて室内に入っていた。

 貨物運搬用モノレールが一般住戸内に入ることは無い。つまりあの扉の奥は管理サーバー室に通じている。調査時、春日居のロボットがサーバー室内へ侵入したルートだ。

 あの扉を開けて中に入るしかない。幸い、思ったほど天井内は込み合っていない。大柄の刑事はともかく、ぼくならば這い進んで行けるだろう。

 端末から顔を上げた。消防車がまもなくマンションの真下に到着する。

「兄さん。火、持ってますか」
『おう、あるぜ』
「貸してもらえませんか?」
『タバコ吸ったっけか』
「ちょっと煙が欲しくなったんですよ」

 こちらの意図を察したのか、春日居が端末上図面に火災報知器の位置を表示した。

「地図見えてますか?これのどこでもいいです。いますぐ煙をください」
『了解!』

 ベランダ手すりからそっと下を見下ろすと、消防車がマンションの駐車場に入ってくるのが見えた。赤い車体はエントランスに素早く駐車し、同時に車上はしご脇のボックスが展開する。そこへ再び火災警報が鳴り響いた。

 消防車とそのボックスから消防士、そして初期消火用ドローンが離陸する。慌てて手摺壁に隠れた。
 赤に染め上げられたドローンは凄まじい加速で一気に上昇し、あっというまに6階を通り越して11階に達する。流線型の装甲を持つその大型ドローンは、狙いを定めるように鼻面を旋回させた。

 すっと機体が壁から距離を取る。かと思うと次の瞬間、建物へ向かって突っ込んで行った。刑事の通信からバンと大きな音と共にジャイロモーターの重低音が響き渡った。

 ARグラスを外し、ベランダ手すりから外に差し出す。腕の端末にグラスのカメラ映像が表示された。消防士達の1人がこちらを、ドローンが飛んで行った方向を見上げている。ほかの消防士達はエントランス扉に取り付いているようだった。

『おい。どういうつもりだ』
「ぼくが部屋に入ります。そのための道を開けてもらいました」

 上を見上げていた消防士が視線を外し、同僚達に合流する。グラスをかけ直し、手早く自分の装備をあらためた。

 春日居が11階からの映像を寄越した。エレベーターホール脇にもうけられた宅配ドローンの発着場、その緊急ハッチが外から押し開けられている。屋内に突入した初期消火用ドローンは、所在なさげに浮遊していた。

「これから上って行きます。兄さん、すみませんが引っ張り上げてもらえます?」

【続く】

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