ドアを開けたら床が無かった #一駅ぶんのおどろき
「なるほど」
強風吹き込む鉄扉を後ろ手に閉めながら室内を振り返る。調査依頼主の槙元女史は目尻にしわを寄せて苦笑いした。
「台風とか来るとね、音もすごいのよ」
「室内へ水が染みたりとかは?」
「あるある。結露すごくってね」
古びた外壁開口部からの浸水と結露では、予想される建物への被害は異なる。だが住み手には同じこと。室内がじめじめと水っぽいのだから不快に違いない。鉄扉周囲の壁紙は水染みが目立っていた。
「いつ頃からこの状態なのでしょう」
「ドローン法のあたりからかしら」
というと10年近く前か。
俗に言うドローン法、『小型無人機等による輸送自動化に伴う市街地整備に関する法律』施行により、この国の多くの建物が新たな形状制限を受けることになった。
このアパートのように、全面道路4m程度の道に面する中高層建築物はドローンの飛行制限を邪魔しないよう、ベランダやバルコニー・庇等の突出物を設けないようになったのだ。強風時やビル風の影響でドローンが蛇行した場合、機体と建物双方を傷つけないためだという。
実際のところ、機体強度および出力を抑えて自動輸送システムを構築したい輸送会社連と、新たな形態変更によるリフォーム・建て替え需要を期待する建設会社連の思惑がかみ合った結果に出来上がった法律ではないだろうか。少なくともぼくはそう思っている。
そしてこの建物は、そんな法律の被害にあったレアケースと言うわけだ。
窓を開けて乗り出し、外壁を見下ろす。6階の高さから見下ろしたそこにはあちこち塗装補修の痕があった。バルコニー固定ボルトの切断痕が残っているところもあり、長年の風雨によって塗装もモルタルも剥がされ、錆汚れが滴っていた。
たまたま鉄骨製バルコニーがあり、偶然にも耐震補強工事で外壁を増設せねばならないという事情が重なった。その結果が、バルコニー撤去だったのだ。
扉を付け替えなかったのは予算の問題だろう。背に腹は代えられない。
「それで、どう?治せるかしら」
「はい。ちょっと図面を…」
腕の端末を起動し、事前に受け取っていた不動産図面を立体投影、そこへ改修方法を書き込んでいく。
さてどうするか。予算に工事期間と、色々問題はある。それを思い浮かべながらもう一度、行く先の無いドアを見た。
「失礼ながら、ちょっと好きなんですよね。このドア」
「危ないはずなんだけどね」
肩をすくめながら、彼女は頷いてくれた。
どうやらドアは残しても良さそうだ。
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