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シッターズ!

「もう、無理」

 硝子片が飛び散るビルの陰で那太郎は座り込んだ。日の差す表通りは炸裂音と、敵の外皮がそれを弾き返す衝撃音で満ちている。

 打ち上げ花火にも負けぬ轟音を切り裂いて、渦彦の怒声が届いた。

「那太ァ!もう一度だ!」
「もう無理だよぉ!!」

 負けじと那太郎が泣き返す。

 大通りには全長100数十mの大肉塊がのたうっていた。繊毛のような密な触手で己の身を支えるポリプ状の蚯蚓。それが地鳴りに似た不快音を立てると、応えるように老若男女が漂い歩く。

 向かう先は、蚯蚓の歯の無い口吻が向く、空。

 渦彦が助け出した観子を抱えて飛んでいる。しかし彼は飛ぶのが苦手だ。長時間の浮遊はまずいが、着地できそうな場所には虚ろな顔の人々がゆらゆらと集結していた。

「観子!頼む起きて・・・」

 抱えた観子を必死に揺する渦彦めがけ、繊毛触手蚯蚓がその巨体をもたげ踊りかかった。舌打ち一つとともにそれを睨みつけた渦彦はくるりとその場で回転し、三度ショートキックを放つ。

 軽やかな動き。それとまったく不釣り合いの爆発。渦彦が最も得意とする中距離念動力、圧縮空気砲が覆いかぶさりつつある巨体の腹で弾けた。さらに反動で空を蹴り渡り、蚯蚓から距離を取る。

 一方の怪物は、戦車砲に匹敵する衝撃をものともしない。渦彦のいた場所を巨体が通り過ぎ、自我損耗状態の市民の上に雪崩れ込んだ。

「くっそ!那太ァ!どこだ!」

 逃げ回る渦彦の目に瞬きが増えてきた。限界が近い。おそらくあと5分程で休眠してしまう。

 ■

「出番だな」

 いくつものモニターが現場周辺の監視カメラ映像を写す。その内の一台を占める精悍な顔がこちらを向いた。

「隊長。那太郎を動かす」
『いつものだな』
「ああ。だが今回は相手がアレだ。ほんとに死んでくれるなよ」
『了解。安全に、かつ派手に負けてくる』

 隊長の背後で警官姿の数名が拳銃を構え、カメラに向かって不敵に笑った。

「さぁ那太郎。悪いが、泣いてる時間は終わりだぞ」

【続く】

サポートなど頂いた日には画面の前で五体投地いたします。