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多次元交差ディメン・ジン

 万華鏡を覗き込んだことを思い出した。小さな穴を覗き込むと、想像もしないような微細な線と面、色と光の世界に包まれる。筒をひねると世界は回転し、目が回るようだった。

 ■

 先輩は銃を抜こうとした。その姿勢のまま、千の線と百の色に寸断された。血漿と肉が製材コンベアの上に落ち、錆鉄と廃材を汚す。暗闇の中で万華鏡のように煌めく怪物は、先輩をいまだに放さない。無数の足のような器官で残骸を捉えたままだ。その体は返り血ひとつ浴びず曇りなく輝いて、工場の天井下で狭そうにくねっていた。

 私もああなっていたはずだ。

 この少年が来てくれなければ。

 彼は座り込む私の前で壁のように立ち、両手を広げた。相変わらず魔法使いのようなフードを目深にかぶっている。その手はグローブに覆われていたが、どう見ても指が無い。その無指の両手を恐れるように、極彩色の百足は足をとめていた。

「なあに。あんた」

 怪物の背後には腕組して立つ少女が一人。子供とは思えない妖艶な微笑みを浮かべ、ハイヒールのかかとで床を叩く。その音に応えるように万華鏡の怪物が吼え、のたうった。

「あんたも知ってるんだ。宇宙の秘密」

 怪物が飛び上がる。だが途中で何かにぶつかり、耳障りな鳴き声でがなり立てた。

 中空が瞬く。一瞬だけ、虹色に。それは少年が両手で支える広大な壁に見えた。

「sh」

 少年の口から音にならぬ軋りが響き、暗い天井で木霊する。透明な壁を大きな人影が横切った。

 彼は頭を跳ね上げてフードを振り払った。整った横顔が一時、こちらを見る。その瞳には黒目も白目も無かった。貝殻の裏かオパールのような、虹のマーブルが渦巻いていた。

「seiji」

 微かな声が廃工場に広がる。少年は両手を揃えて勢いよく振りぬいた。引戸を開くような動き。存在しない指で、爪で、空をひっかくような動き。

 落雷の轟音。衝突の衝撃。夜の廃工場も、森も、殴り飛ばされたように震えた。

 そして、それは姿を現したのだ。

【続く】

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感謝の極み(ズパッ)
ニンジャヘッズ。最近は忙しさにかまけて停滞気味。 サンダーバードで情操教育された結果、SF好き、エログロやや苦手。 HPラヴクラフトの愚痴がすき。「ウィアードテイルズの表紙は美女のおっぱいをでっかくすることばかりに一生懸命じゃないか!(意訳)」