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やりたいことを始めた夢組は、不思議と叶え組に巡り会う:磯野真穂さん×桜林直子さん【後編】

やりたいことがない人はどうすればいいの? そもそもやりたいことってなに?

やりたいことがない「叶え組」のサクちゃんこと桜林直子さんが、軽やかな筆致で「考え方の型」を綴ったエッセイ集『世界は夢組と叶え組でできている』が、今年3月に発売されました。

出版を記念して7月、下北沢B&Bのオンライン配信にてイベントを開催。ゲストにお迎えしたのは、哲学者・宮野真生子さんとの魂の往復書簡『急に具合が悪くなる』、同時期に刊行された『ダイエット幻想ーやせること、愛されること』が話題の文化人類学者・磯野真穂さんです。

「真穂さんは夢組?」というサクちゃんの問いから始まり、人生を動かす「たまたま」の出会い、夢組と叶え組がチームを組むことまで、ふたりの“雑談”後編の内容をお届けします。(構成:徳 瑠里香)

サクちゃん対談後編

磯野真穂(いその・まほ)〈写真左〉
独立人類学者。専門は文化人類学・医療人類学。博士(文学)国際医療福祉大学大学院准教授を経て2020年より独立。著書に『なぜふつうに食べられないのか――拒食と過食の文化人類学』(春秋社)、『医療者が語る答えなき世界――「いのちの守り人」の人類学』(ちくま新書)、『ダイエット幻想――やせること、愛されること』(ちくまプリマ―新書)、宮野真生子との共著に『急に具合が悪くなる』(晶文社)がある。(オフィシャルサイト:www.mahoisono.com/ Blog:http://blog.mahoisono.com

桜林直子(さくらばやし・なおこ)〈写真右〉
株式会社サクアバウト代表。製菓専門学校卒業後、都内洋菓子店にて菓子製造以外のすべての業務に携わる。12年の会社員生活を経て、2011年に独立し「SAC about cookies」を開店。現在は自店の運営のほか、店舗や企業のアドバイザーも務める。2020年3月に初の著書『世界は夢組と叶え組でできている』(ダイヤモンド社)発売。2017年「セブンルール」(カンテレ・フジテレビ系列)出演。

「楽しくないということは何かが間違っている」 背中を押された言葉

桜林: 真穂さんは夢組ですか?

磯野: この本を読んで考えていたんですが、そもそも社会の中である種理想とされる「やりたいことがある」ことのイメージが人を混乱させると思うんです。。一生懸命生きているとある日突然、衝動的にやりたいことが沸き起こってくるかのようですが、そんなことはないじゃないですか。でも、そういうイメージを教育過程で抱かせてしまっている気がするんです。

桜林: そうですね。真穂さんはどうして文化人類学者になったんですか?

磯野: 幼い頃からずっと文化人類学者になりたいと思っていたわけではありませんよ。でも、出会っちゃった。

桜林: 出会ったのは何歳くらいのときですか?

磯野: 23歳ですね。大学2年の頃に出会っていたようなんですが記憶には残っていなくて。アメリカで文化人類学の授業に潜ったときに「面白い!」と思って、3日後に専攻を変えました。

今でもよく覚えているんですが、当時専攻していた運動生理学のゼミの先生に相談したら「楽しくないってことは何かが間違っている。だから変えたほうがいい」って言われたんです。

桜林: わあ、私も言われたかったー!

磯野: 信頼している先生の言葉にボンッって背中を押されて飛び込んだ感じで、その先にどうなるかは一切考えてなかったです。周りから見たら、文化人類学者になることって問題しかない。めちゃくちゃ就職しにくいですし。でも、その問題を知っていたら、飛び込めなかったと思います。これって、夢組ですか?

桜林: 好奇心や衝動で、あと先どうなるかを考えずに、これがしたい!と飛び込めるのは夢組ですよ。

磯野: なるほど。みなさん、私は夢組です。

桜林: そうやって飛び込めるのは、地盤がしっかりしていたからだと思います。私は23歳からシングルマザーで足元がグラグラだったから、飛び込む前にまずは足元を固めなきゃという時期が長かった。クッキー屋さんも含めて、最近やっと地盤が固まったから、安心してこれをやりたいと言えるようになった気がします。

「たまたま」に出会えるように。いい匂いがする感覚を取り戻す

桜林: ゼミの先生の一言で真穂さんの人生が大きく動いたように、「たまたま」がすべてだと思うんです。「たまたま」なんだけど、真穂さんはその先生がいる大学やゼミを自分で選んでいる。「たまたま」は狙えないけど、自分にとって心地がいいとか面白そうだと思う場所を選んで行くことだけをすればいいと今は思っています。

磯野: わかります!

桜林: それまでの私は、ガマンすることが当たり前だと思っていたから、自らイヤなほうを選んでしまい「たまたま」には出会えなかった。でも、自分が面白そうだと思う場所に顔を出すようにしたら、芋づる式に面白い友だちとつながって、なんだか最近面白いことになってきたぞ!という感じです。

磯野: まさに、この本の本質は「いい匂いがする感覚を取り戻す話」だと思うんです。感覚的に「こっちへ行きたい!」と思う方へ進む選択肢を取り戻していく桜林直子の物語だと。

桜林: おお、そうだと思います。新しい自分になったわけではなくて、自分は変わらないままで、誰と一緒にいるかとか、やり方や考え方を変えるだけで、自分のまわりが変わっていくんですよね。

磯野: 何に出会いに行っているか。リスクヘッジをしてしまうと「たまたま」には出会えないんですよね。こういうふうになりたい、こっちに進むべきだというのを先に決めておくと、そうじゃない選択肢を排除してしまう。「偶然」ってそういうかたちでは訪れないんですよね。

夢組には突然、叶え組が現れる!?

桜林: 真穂さんは最近、大学を離れて「独立人類学者」として、ご自身で発信をして人を集めて場をつくっていくところに身を置かれました。何かきっかけがあったんですか?

磯野: 私が始めたことは、サクちゃんがやったことと似ているんですが、イヤなことをひっくり返したんです。

そんなこと!?と思われるかもしれないんですが、私がどうしてもイヤだったのが、大学の常勤職員になるための公募書類を書くこと。もともと書類が苦手なんですが、大学の公募書類は膨大かつ大学ごとにフォーマットが違うんですよ。志望動機も英語と日本語の二カ国ごを要求されたり、シラバスに一回ごとの予習と復習の内容も書いて、書籍を含めた実績も含めたりして、書類を作るともうダンボールいっぱい。でも、蓋を開けてみるとコネクションで決まっていたりするんです。

桜林: ダンボールいっぱい……。

磯野: 『急に具合が悪くなる』を書いてから、自分がいつ死んじゃうかわからないと思っているので、自分の人生をこの公募書類を書くのに使いたくないと。じゃあ自分にできることは?と考えたときに、得意な講義と演習であれば、自分ができることと相手が喜んでくれることのマッチングで生きていく道を作り出せるんじゃないかと思ったんです。

桜林: なるほど。実際に飛び出してみて、どうですか?

磯野: 生きていくためにイヤな書類を書き続けないといけないプレッシャーから解放されました。で、大学を出てみたら、不思議なことに、助けてくれる人が現れるんですよ!

桜林: 夢組の磯野さんをサポートする叶え組が!

磯野: まさに。人類学のオンライン講座「他者と関わる」は勉強会で一緒になった二宮明仁さんが圧倒的なサポートしてくれていて、3年間で700人が参加してくれた「からだのシューレ」も林利香さんが叶え組の役割を担ってくれました。いつも、不思議なくらい突然、叶え組の人が現れる。本当に私、ラッキーです。

桜林: 叶え組の人は磯野さんのような夢組を待っているんで。きっと、よくぞ言い出してくれた!と思っていますよ。やっと自分の舞台が現れたんだもん。

磯野: 独立して磯野が一人で勝手にやってると思われているかもしれないんですが、全然一人じゃなくて、応援してくれる人たちに囲まれています。

桜林: 準備をしっかりして「叶え組募集!」と看板を掲げても現れないけど、勝手にやり始めるといい匂いを嗅ぎつけた叶え組が集まってくるんですよね。

磯野: たしかに、二宮さんも林さんも叶え組特有の嗅覚がある気がします。

桜林: 叶え組にもフェーズがあって、「誰でも手伝ってなんだか振り回されちゃう」ところから「誰と何をするかをちゃんと自分で選ぶ」、最後は「誰がどうみてもやりたいことをやっているように見える」叶え組になります。

叶え組の星、「水曜どうでしょう」のディレクターの嬉野さんは「やりたいことはないけど、どの船に乗るかは自分で決める」と言っています。そのためには能力も必要なんですが。

磯野: サクちゃんはやりたいことをやっているように見える叶え組になっていますよね。

桜林: 叶え組である本質は変わらないけど、誰かのためであっても、自分がしたいという要素は増えてきていますね。

肩書きよりも雑談で、他者との関係を深めていく

磯野: 私、大学を出るときに「准教授」という肩書きを失うことは怖かったんですよ。早稲田大学の助教授になったときに、まわりの態度が変わった経験があったので、逆に失ったらどうなるんだろうと。でも、実際に蓋を開けてみたら、昨年よりもたくさん仕事のお話をいただけるようになった。私は「肩書きが物を言わす星」にいただけなんだということに気づきました。

桜林: 結局、真穂さんが「肩書きが物を言わす星」にいたいかいたくないか、居心地の良さで決めればいいんですよね。

磯野: 結果的に肩書きや地位を気にしない人とご一緒できているので、今、ものすごく楽しいです。

桜林: やっぱり。私はずっと肩書きと自分がずれていたから居心地が悪かったような気がします。noteやこの本にも肩書きであるクッキー屋さんの話はほとんど出てこない(笑)。私の中では、人に喜んでもらえるものをパッケージにしてお渡ししてお金をもらうという点では、クッキー屋さんも本を書くことも変わらないんですけどね。

磯野: サクちゃんはこれから、クッキー屋さんから何屋さんになるんですか?

桜林: 肩書きが変わるとしたら、雑談屋さんかなあ。今日の磯野さんとの雑談もそうですが、私はどこへ向かうのかわからない、偶然出てくる話が好きなんです。「サクちゃん聞いて!」という雑談企画もとても楽しい。

磯野: 雑談の良さは隙間と断絶が生まれることですよね。そこに面白さがある。

桜林: いい雑談は見ている人も一緒におしゃべりをしたくなるものだと思います。最初に自己紹介が苦手だと言ったけど、今日の真穂さんとの雑談は長い私の自己紹介になったかな。肩書きから入るよりも、雑談したほうがいいですよ。

磯野: 肩書きって勝手にその人のことをわかった気にさせるけど、本質的なところは何もわからないですもんね。

桜林: そう思います。また雑談しましょう!       (おわり)

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『世界は夢組と叶え組でできている』

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「やりたいことをやろう」「夢を持とう」と、
やりたいことのある人=「夢組」に向けたメッセージがあふれるなか、
やりたいことのない人=「叶え組」に寄り添う“考え方"集。
noteで発表し続けるエッセイは多くの人に“心の支え"として支持されているほか、近年は「セブンルール」(カンテレ・フジテレビ系列)に出演するなど、メディアの注目も集める著者のデビュー作です。

『急に具合が悪くなる』

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哲学者と人類学者の間で交わされる
「病」をめぐる言葉の全力投球。
共に人生の軌跡を刻んで生きることへの覚悟とは。
信頼と約束とそして勇気の物語。

もし、あなたが重病に罹り、残り僅かの命言われたら、どのように死と向き合い、人生を歩みますか? もし、あなたが死に向き合う人と出会ったら、あなたはその人と何を語り、どんな関係を築きますか?
がんの転移を経験しながら生き抜く哲学者と、臨床現場の調査を積み重ねた人類学者が、死と生、別れと出会い、そして出会いを新たな始まりに変えることを巡り、20年の学問キャリアと互いの人生を賭けて交わした20通の往復書簡。

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