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映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」 - 戦場を巡る”星の王子さま”

2024年10月4日の公開から2週間経って、ようやく見に行ってきた。

事前情報は映画館で予告編を見たのみ。現実にアメリカ大統領選が迫るこの時期に狙って公開された風刺作という程度の知識。

映画館で事前に流れていた予告編はこれかな?サスペンススリラー色が強め。ありがちだけど、この映画も予告編と本編でテーマや印象が異なるパターンでした。

公式サイトはこちら。読んでから観た方がいいのか、前知識なしで観た方がいいのか、ちょっと悩むところ。
私としては、最初はぜひ前知識なしで観て、主人公たちと同様に初めて目の当たりにする「現実」に混乱を感じてほしいと思った。

ただ、作劇構造にちょっとクセがあるので、オムニバスやミュージカル(メイン登場人物たちが歌う訳ではないけど)、パロディ表現などに慣れていないと「結局、どういうストーリーだったの?」という感想が残るかもしれない。
公式サイトや、レビューサイトで「ディストピア・アクション」「アクション・スリラー」と紹介されているのは間違っていないし、そういう映像も十分にある。だけど、そこがメインではないストーリー構造になっている。

公式サイトリンクとストーリー引用の下から、ネタバレ込みの感想です。なお、「好きを言語化する技術」(三宅香帆, ディスカヴァー携書)にならって、他のサイトのレビューや考察を読む前に書いているので、思い違いしている部分はご容赦ください。

「お前は、どの種類のアメリカ人だ?」
連邦政府から19もの州が離脱したアメリカ。テキサスとカリフォルニアの同盟からなる“西部勢力”と政府軍の間で内戦が勃発し、各地で激しい武力衝突が繰り広げられていた。「国民の皆さん、我々は歴史的勝利に近づいている——」。就任 “3期目”に突入した権威主義的な大統領はテレビ演説で力強く訴えるが、ワシントンD.C.の陥落は目前に迫っていた。ニューヨークに滞在していた4人のジャーナリストは、14ヶ月一度も取材を受けていないという大統領に単独インタビューを行うため、ホワイトハウスへと向かう。だが戦場と化した旅路を行く中で、内戦の恐怖と狂気に呑み込まれていくー

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」公式サイト STORY(https://happinet-phantom.com/a24/civilwar/

戦場を巡る”星の王子さま”

映画館のポスターの”全米2週間連続No.1大ヒット”の文字を見て、わかりやすいストーリーを想像していたら斜め上に裏切ってきた。
ヒットするからには、過去のスピルバーグ作品のように、内戦の中で行われる情報戦・心理戦や登場人物の英雄的行動に焦点が当てられて感情に訴えるような作品かと思っていました。予告編も、アクションを強調したものだったので、サスペンスパニックの中から和平にこぎつけるまでのストーリーかな…と。繰り返すけど、違った。

ワシントンD.C.を目指すロードムービー

冒頭から、内戦の影響で水や電気などの生活インフラが不安定になっていることがうかがえる。さらには市民、警察、報道関係者が多数いる中での自爆テロ。
ギリギリで難を逃れた戦場カメラマンのリーは、同僚のジョエル、ライバル社だけどジャーナリズムにおける師匠的なベテラン記者のサミーとともに、大統領のインタビューを取るためワシントンD.C.を目指す。出発直前に自爆テロの際にリーが助けた、報道カメラマン志望のジェシーも同行することになる。

最初は、人間ドラマなりサスペンスなりが展開されるものだと思っていたので、ジェシーの行動を結構疑いつつ見ていたりした。
リーのことを憧れと言いつつ、滞在ホテルを探り当てたり、いつの間にか同行許可をジョエルに取り付けていたり、行動力が半端なかったので。
徐々に、観察力と好奇心を備えながら無鉄砲と危なっかしさが拭えない性格が見えてきて、リーとの関係性も少し変わっていくのはロードムービーらしいところ。

戦闘地域や街ごとにゆらぐ正義と平和

ワシントンD.C.を目指して車で向かう途中の立ち寄り先では、映画を観賞する私たちもジェシーと一緒に、内戦が引き起こす惨劇を目の当たりにすることになる。
ただ、そこにはびっくりするくらい、なんの政治テーマもイデオロギーも登場しない。特定の思想をターゲットにしたものとしては、差別主義者の身勝手な恐ろしさが描かれる程度。

最初に立ち寄るガソリンスタンドでは、武装した地元住民が、おそらく本来は彼らにはなんの権利もないはずのガソリンを占有して利益を貪っている。
ここでは私刑が行われているが、理由に政治は全く関係なく、個人的な怨恨が司法の脆弱化によって表面化したものだったりする。

他の立ち寄り先も、差別主義者によって支配された農場(?)だったり、内戦への無関心を決め込んで一見のどかに過ごす街だったり、住民それぞれの選択によって、国が小さな単位で分断されている様子が描かれている。

特に象徴的なのは、季節外れなクリスマスの装飾がされたテーマパークでの狙撃戦だ。
狙撃手がどちらの軍なのか、どこの誰で、なんのためにテーマパークに立てこもっているのか、まったくわからないのだ。パークに侵入する車・人を狙撃し続けた結果、通りすがりの他の狙撃手との撃ち合いに発展しているが、正体がわからない以上、味方同士で撃ち合っている可能性もある。
他者に寛容になるべきとされるクリスマスの空気のなか、自分が殺されないために先に相手を殺そうとする様子は、実に異様。

建物内での攻防など、生々しい戦闘に目を奪われていたけれど、このテーマパークでの戦闘でようやく気づいた。
この一連のロードムービーは現代寓話であり、立ち寄り先ごとに異なる生存ルールを目にする”星の王子さま”だった。

これに気づいて、ストーリーではなく演出や物語の構造に注意を向けると、場面切り替えで突如挿入される歌詞付きの曲が気になってきた。戦闘シーンの描写は淡々としているのに、突如挿入される曲は歌詞とともに不気味な明るさがあったり、単純なBGMではない存在感があった。
古代ギリシャ劇のコロスのように、映画中に表れない民衆や登場人物の心理を代弁したり、作者による解釈のヒントであるのかもしれない。

ジャーナリズムの立ち位置と読者の不在

メインの登場人物は、皆、ジャーナリストだったり、ジャーナリストの卵だったりする。
目の前で兵士が射殺されるような戦地でも守られつつ、撮影に取り組める様子からは、軍からのジャーナリズムへの期待が感じられる。終盤でWF(西部軍)は従軍報道記者を連れてさえいる。

一方で、こうした報道を見ている、読んでいる市民の姿はなかった。
映画冒頭で唯一、リーがTVニュースを見ているが、同業者でもあり少し意味合いが異なる。
途中で立ち寄ったガソリンスタンドや、ブティックでなら、新聞や雑誌、テレビ、ラジオなど、なにかしらの報道媒体が描かれても不自然ではないはず。それなのに、一切こうしたものは出てこなかった。
こういう場合に対比されるようになったSNSも、意外なことに出てきていない。

リーは、過去に自らが行ってきた戦争報道について、「本国に警告をしているつもりだった(が、内戦を防ぐことはできなかった)」と語っていた。
この世界では、ジャーナリズムは市民へ情報を届けて動かす力を失ってしまっているように見える。
リーとジェシーが再会した、報道関係者がよく利用するというホテルは、ジャーナリズムの「内輪化」を表しているようだ。

未消化の設定、メタファー

おそらく、何かのメタファーなのだろうなと思いつつも、わからなかった設定がいくつかあるので列挙。

カメラ

デジタル一眼レフであるSONY α7を使うリーに対して、父親の古いカメラ”ニコン FE”を使ってモノクロフィルムで撮影し、現像まで行うジェシーの設定は何を意味するのだろう。

若いジェシーの方が撮影枚数が限られているが、見方を変えると一度撮った写真を消すことはできない。
対して、デジタル一眼を使うリーは「残せるのは30枚に1枚程度」と言い、大量に撮影して取捨選択することを前提としている。一度撮った写真も、気に入らなければ電子データであるが故に跡形もなく削除が可能だ。実際に作中では、サミーの死に顔を削除している。

この機材の違いと、それによって生まれる撮影スタンスの違いは、何かメタファーとしての意味があるのだろうか。

最後のジェシーの行動と、観察/介入

銃撃戦の最中に飛び出したジェシー。
大統領の護衛官や、ホワイトハウスでの攻防を撮影したいという功名心が芽生えたのだろうか。

リーは「記録に徹する」と語っていた通り、過去の回想では人を救えたかもしれない状況でも介入せず、冷淡なまでに撮影に徹していた。回想での振る舞いと、ジェシーを庇う行動は、これが人間ドラマ重視のストーリーであれば2人の関係性の変化などで理解するのだが、他にもなにか対比されるものがありそうな気がしている。
というのも、この後、ジョエルが「記録者」の枠を超えて、兵士の行動に突然介入するという異質な行動をとるため。

まとめ

このわかりづらい映画は、全米でヒットしているという。アメリカで映画館に足を運んだ人が、なにを期待し、どんな関心でこの映画を見ているのか、知りたいと思った。
大統領選への関心の高さがこの映画のヒットにも表れているのだろうか。

ただ、本作品については、決して特定の政党を支持・擁護する映画ではないが、差別主義への嫌悪と、独裁への懸念だけは明確にされている。これに当てはまるのは、どう見てもトランプ陣営の方だろう。

ジャーナリストがメインに据えられた映画ではあるが、ジャーナリズムへの期待や理想はありつつ、現実問題として影響力を失いつつある状況も抉り出されていたように思う。

正直、理解しきれていない部分が多いので、公式サイトや、他の人の考察なども読んでみようと思う。


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