哲学研究(者)の盲点

画像1 言い換えれば、『名指しと必然性』のクリプキには、この<私>の<現実性>との不可避的な<遭遇-衝突>への促しに対する何らかの感性がある。彼の探究は「ぢつと手を見る(啄木『一握の砂』)」「私は今---と考えている」といった「現に=<現実性>」の場を完全に消去することなく遂行されている。

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