ホラー小説「インターネットの極北」
コロナ禍を題材に、ホラー小説みたいなのを書いたので、Noteで供養します。原稿用紙3枚ほどです。
男は椅子に深々と座り、大きく一息をつく。パソコンの電源を入れ、目をつぶり、起動するのを待つ。仕事を定時で上がり、趣味に没頭するのかと思いきや、男の顔色は冴えない。むしろ憂鬱に見える。
時は2025年。ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどのSNSサービスは繁栄を続け、利用者は増え続けていく。80歳の未亡人がSNSサービスで恋人を探すのも珍しい話ではないという噂だ。
2020年のコロナウイルスのパンデミック以降、新種のウイルスが続々と蔓延し、対面しておしゃべりをすることが不可能になってしまった世界となった。人々はステイホームを強要され、ストレスをため続けていった。人間の本能だろうか。そのストレスを代償するように、人々はSNSサービスにのめり込んで行く。現実世界は次々とインターネット上に代替され、一日中パソコンの前で生活する人も珍しくない。
対面しておしゃべりをすることがかなわない以上、新規の友人開拓や、恋人の募集もインターネット上で行わなくてはならなくなった。ウイルスが蔓延しているため、外出することが敵わないのだ。人々は新規のコミュニケーションを求め、全てのSNSに本名を登録し、顔写真をアップロードした。詳細なプロフィールを掲載した。他人と繋がるきっかけを少しでも増やしたいからだ。
男も当然のように、顔写真をアップロードし、趣味嗜好について多彩な情報をプロフィールに記載した。男の顔立ちは、平均的な男子と比べても、十分に美男子と言えるレベルだ。年齢は結婚適齢期、年収も高く、同世代の婚活女子が放っておく訳がない好条件物件だ。趣味はギター、学生時代にCDをリリースするほどの腕前だ。同世代の男子から趣味の交流で引き合いがあってもおかしくない。いや、ないわけがないのだ。
だが、男はインターネット上で新しいコミュニケーションを獲得したことはない。ウイルスの蔓延で家から出られなくなる以前の友人とは現在でも良好な関係を維持している。電話やメール、ビデオ通話を駆使し、他人とのコミュニケーションは存在する。だが、新規のコミュニケーションだけが発生しないのだ。彼は飢えていた。うかない顔でパソコンに向かう理由はこれだった。
ツイッターでどれだけリプライを投げても返事が返ってきたことはない。学生時代、右に出る者がいなかったギターの動画をYouTubeに投稿してみる。自分以外の再生数がカウントされた形跡はない。それならば、と全裸に近い、投稿規定違反の画像をアップロードしてみる。機械的な警告メッセージが返ってきた。これには閉口した。バズったツイートのリプライ欄ではみんなが楽しそうにおしゃべりしている。思い切ってリプライを投げてみる。何もなかったかのように議論は進む。
フォロー歓迎フォローバックしますとプロフィールに書いてある人間をフォローしてみる。フォローされたことはない。確認してみたら、自分のフォロワーは全員botだった。
気づけば深夜だった。今日も新しいコミュニケーションを獲得することは出来なかった。明日こそ誰か友達が出来ればいいな、とつぶやく。男の目には一筋の涙が。彼がいる場所はネットの極北のようだった。
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