中二病だと思っていた幼馴染、マジの英雄でした(4)
嵐の只中、雨粒を受けて濡れた白髪を垂らして、眉をひそめる伊吹。
こんな状況で、何を思ったか私は言葉を零していた。
「ばか」
たった一言。
伊吹は聞いていたのか、それとも雨で聞こえてなかったのか傷つく様子を見せるでもなく、私をしっかり抱きしめながら――向こうを向いた。
向く先は、あの子供だった。
破滅の帝王と呼ばれた少年は、両手を広げ笑う。
「ほぉ、君、私を知っているのかい? その毛髪、やはり“受肉者”か。だが、完全受肉には大体20年の時間がかかる。対して、私はこの12歳の肉体と共に居てから20%の力を有している。つまり、私は他の受肉者とは格が違う」
「あぁ、だからこそ探していた。貴様が一番厄介だったんでな……だのに!」
「――――バッドタイミングといったところかい?」
よくわからないけれどつまり、相手の方が格上ってこと?
と分析していたのも束の間だった。
破滅の帝王は、手をこちらに突き出してきた。
「風裂けよ! フェルム・イン・ヴェントム」
帝王が唱えると、その仕草を見た伊吹はすぐに跪き、肩から背中にかけてを向ける。
刹那、目の前で何かが飛んでくるのが見えた。
飛んで来たモノの正体を、一体誰が一瞬で理解できるだろう。
誰が予測できるだろう――電柱や、車のドアが、伊吹の隣にある道路から吹き飛んでくるなんて。
伊吹がゆっくりと、私から手を離して、私が立ち上がると、すぐに腕を抑えて彼は立ち上がった。
今から、何かが起こる。
そんな予感があった。
「ハハハハ、脆弱な人間同然のお前が、一体どうやって私を倒すんだい?」
「お前程の実力を持っているのなら、仕方ない」
伊吹はゆっくり両手足を広げ、何らかの構えをとる。
「鬼魔神ブジン!」
右手を開いて唱えると、その腕が突然、紅い光を纏い始める。
ライトでも仕込んだんだろうかと、一瞬思うような鮮やかさだった。
次の瞬間、握り締めた左手を右肩にやると、服の襟――肩から何かが伸びているのが見えた。
全身が紅く光る、剣だった。
勢いよくそれを引き抜くと、左腕の発光が消え、代わりにだらりと力なく垂れさがっていった。
まるで、彼の骨を剣にしているようだ。
「ほう、あの刀の神を……代償はなるほど? その腕とみた。だが、それ一本で何ができる?」
「こうすることができる」
剣を高く上に突き上げると、雨が徐々に上がって行き――違う!
雨粒が、全部上に上って行った。
まるで雨という現象を、逆再生しているみたいだった。
雷が落ちたと思ったら、剣に吸い込まれていき避雷針のようになっている。
「いくぞ帝王。そのこの体を返して、大人しく元の場所に封印され直されると言えば、見逃すが」
そう伊吹が言うと、彼は笑む。
「――そんな消極的な台詞の割には、結構戦いに積極的じゃあないか? ”嚙風”」
帝王が空中を掻くような仕草を見せると、その正面から三本の刃が飛び出して、それを伊吹が剣で受け止めて相手に突進する。
凄いスピードで、目で追うのがやっとだった。
その剣を振り下ろすと、何かが伊吹の頭上を跳んだ。
それに気づいたように、同時に倒れた小さな体を抱き止めて、攻撃の手がそのまま止まる。
不味い!
俊敏に動く、多分危ない何か――影のようなモノを見て、私は思わずカバンを投げる。
危ない何かにカバンに当たると、ソレは一瞬頭らしきものを曲げて動きが鈍った。
その隙を認めたように、伊吹が剣を振り上げると、真っ二つに影が切れていく。
「うぐぁ……小娘が……莫迦な……やはり殺しておくべきだった……くちおしや……くちおしやあああああ!」
断末魔の声が上がると、空が一気に晴れ渡り、伊吹の持っていた剣が徐々に消えていく。
伊吹が左手を何度か握り締めると目の前の少年を揺さぶる。
「君、大丈夫かい?」
気になって側に駆け寄ると、私は絶句した。
大丈夫か、と言いたいのはこっちだった。
伊吹の左肩からは血が流れていて、右腕は深い切り傷が付いていて、動かしていたら今にも千切れるんじゃあないかと思うくらい。
傷の原因は分かっていた。
自分だ。
彼は自分を庇う為に、こんな傷を負ったんだ。
こんなことをしてるって、知って欲しくなかったなら私なんて事故死って事にしておけば良かったのに。
でも、そうしないのは……
「さやか」
「何?」
「少し、救急車を呼んでくれないかな、このこ……無傷だけど気を失ってるみた――」
私の方を振り向いて、笑うとその場で彼は倒れかかっていった。
顔を、肩に置いて。
不思議な事とはいえ、秘密はゆるせない、けど、揺さぶるのは、少し可哀そうかな。
ゆっくりスマホを持ち上げて、救急車を呼ぼうとした時に気付いた。
画面が、割れていたのだ。
「あぁもー!」
誰のせいにもできない怒りと鬱憤が、その場で漏れ出て行った――――。
しばらくして、通学路は交通事故があった場所として封鎖される事になった。
あの後こってり両親に叱られるかと思いきや、伊吹と謎の少年―――後に時上風弥という名前だとわかった少年が、事故にあったのを助けたという事で、むしろ巻き込まれずによく帰ってこれたねと心配されるだけで済んだ。
それは良かったようなものの……未だに解せない事がある。
時は、あの事件から2日後になって――――。
「どうして黙ってたの」
パフェを奢って貰いながらも、問う。
伊吹は相変わらず眼帯をはめて、けれどあからさまにしょんぼりとした様子で答えた。
「だって、最初から言ったじゃないか……僕は英雄だって」
「解る訳ないじゃん! しかもあんなことが起こるって……」
「――どうせ信じてもらえない。それは解ってるけど駄目元で言ってたんだ。それに、信じてもらえないならもらえないまま、何も知らないでいて欲しかった」
「そこ。そこが気になってたの。なんで?」
「だって、君は僕にとって……大事な」
大事な、と言った所で彼は肩をすくめる。
何が言いたいのだろうか、とチョコソースのかかったクリームを口に含んで待つ。
待って居ても、答えが返ってこないのでしびれを切らしてしまって立ちあがろうとした時。
「大事な、昔からの友達……だから」
顔をやけに紅潮させて、言う。
――そうか。
やっぱり彼は、心の底は変わってないんだ。
内気、だけど優しくて。
その癖、意外と行動的で。
「だから、これから僕とは距離を置いた方が良いよ、バレた以上、さやかが安心して暮らせなくなっちゃ――」
反射的に、言葉が出た。
「じゃあ、これからそういう怪物退治? 手伝わせて」
「……え?」
「むしろ、今まで隠してた事があるの、なんかやだし。それに、一緒ならきっと出来る事もあるから」
それを聞くと、伊吹の目には何かが浮かんでいた。
一瞬だけ、顔が昔に戻ったみたいだった。
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