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空想小説シリーズ ウルトラマンT_タロウ_編

 青い空と、入道雲。
 波止場を眺めるその男は、そこでかつて旅立っていった、憧れの彼を忘れた事はなかった。
「お父さん!」
後ろからそう呼ばれ、男は高校卒業ぐらいだろうといった娘へ振り向く。
“白鳥健一”。
健一はセーラー服の良く似合う、その太陽のような笑顔を浮かべる少女に微笑みかける
美波みなみ。もう学校は卒業した事だし、今度一緒にどこかへ出かけようか」
「やった。じゃあそうだな……まず近くに新しい喫茶店が出来たでしょ? あそこにいって、それからそれから……」
好奇心旺盛なのは、どうやら自分譲りらしい。
苦笑交じりに、そう認めつつ言葉を返す。

「はは。これこれ。あんまり調子に乗ってわがまま言われると困るよ?」
「もー、少しぐらいいいじゃん」

二人が笑っていると、やがて一台の車がやって来る。
車が目の前で停止すると、窓から、美しい女性の顔が飛び出し二人に微笑みかけた。

「二人ともここ好きね、さ、帰りましょう」
「お母さん~、今日仕事は?」
「今日は午後から仕事が無い日だったな。そうだ、今からでも喫茶店に行こうか」

 共に年を重ねたとはいえ、笑えば皺が隠れ、若かりし頃の美しさが甦るようだ、なんてことを考えながらその車に乗り込む二人。
 白鳥理奈――彼の妻である。
 その後、車内では他愛もない、しかし穏やかな時間が流れていった。
 
 ――時代も、景色も変わっていく。
 あの頃は鉄筋だらけだったあの場所には、今や高層ビルが立ち並び、かつてこの空を飛んでいた赤と青の飛行機も見られない。
少年時代、よく見かけ親しみ、憧れすらあったZATも、あの日以降怪獣の出現が認められない為、日本支部は解散されたという。
窓の外で流れゆく光景を頬杖を突きながら健一は長め、その無常に懐かしい思い出をふと、なぞっていった。

 喫茶・星影。
そこはレビューサイト曰く元ZAT隊員が起業したという店で有名になり、
ZATにお世話になったという人が足しげく通う店だという。
だが、ZATという組織が居たと知る人は既に少なく、一部のマニアや一部の老人が談笑やVログの為に通う人が多い。
その上、内装もこれといってかつて所属していた組織を強調する要素も少なく、どちらかというと至って普通の喫茶店といった印象を受ける事になる場所だ。
その為、盛況というには寂れていて、殺伐と呼ぶには少々賑やか。
そんな具合に客層と人数は保たれていた。

父から、かつて怪獣が実在していた事、それに対抗するZATという組織が居た事、そして――伝説のウルトラ戦士という巨人が共に戦っていた事を散々聞かされていた美波は、店員に案内された席に座って早々に頬を膨らませていた。

「ZAT隊員が居るっていうから来たのに、なんかがっかりだな」
「ははは、何、そんな事を店側言いふらせば、怪獣の被害にあって酷い目にあった人のトラウマを思い出させちゃうかもしれないからね。お店側の配慮かも」
「なんだか、光太郎さんみたいな事を言いますねあなた」

 東光太郎。
 自身が最も影響を受けた人物だ。
 明るく、爽やかで、いつだって頼れる兄貴のような存在で。
今頃どこで何をしているのだろうか。
 そう考えていた時、厨房から声がした。

「流石ミスター誠実と呼ばれただけはありますね」
「止せよ新入り君。僕はもう、そう呼ばれる歳じゃあないからね」

 カウンター越しに見える、白いスカーフ。
 白髪交じりながら、七三分けに整えられた髪―――忘れる筈もないものだった。
 いや、きっと人違いかもしれない。
 そう決め込もうとして、しばらく料理を待っていた時。

「お待たせしました。こちら”ざっとカレー”“ルイボスティー・スカイホエール”です」

 老年ながら、まっすぐと伸びた背筋と凛とした声。
 太陽のような笑顔は、確信へと変わった。

「光太郎さん!」
「おや?」

 ――50年。
時間という名の川の流れは、時に人の心に橋をかけ、また時に、その橋を取り壊す。
東光太郎と白鳥健一が再会した日、それはまるで宇宙の運命が再び二人を結びつける瞬間のようだった。

「健一君かい!」
「あら、この方が!」
「え、じゃあ、元ZAT隊員て……この人なの!?」

 

 喫茶店「星影」の一角。互いに歳を重ね、かつての面影を宿したままも、老境に入った男が、懐かしい思い出話に花を咲かせていた。
家族の事、旅で何を見たか、そして、またここに帰って来た事。
気が付けば、もはや店員と客という立場すら互いに忘れているようだった。

「健一くん、あの時の君の頑張りがなければ、僕も勝てなかったかもしれない」

光太郎が茶をすすりながら微笑む。

「いいえ、僕なんかまだまだ未熟でしたよ。でも……光太郎さん、あなたは僕にとって特別でした。ウルトラマンとしてじゃない、人としての勇気を教えてくれた人です」
「なんだか、そういうのいいわね……さ、お会計はお父さんがしてくれるし
、私は車を取って来るから、待っててね美波」

カバンを肩にかけ直し、理奈は席を立って店の外へ赴く。
すると、釣られるように美波も慌てた様子で飛び出していった。

「え、私も行く~!」
「あっ! こらお前達……」
残されたのは、男二人。
方や置いて行かれた事に唖然とし、方や茶を片手に笑いながら。

ふと、二人の語らいの間に空気が変わった。街の外れから響いてくる不穏な地鳴り。それは次第に大きくなり、窓ガラスが震えるほどにまでなった。
「これは……ただ事じゃない!」
光太郎の声に、健一も立ち上がる。

空を見上げると、黒い雲が蠢き、太陽の光を飲み込んでいく。まるでこの星全体を覆い尽くそうとするかのように。それと共に、巨大な影が現れた――
そのシルエットは、かつて地球全土を脅かしたモノと酷似していた。
人類の業によって生み出された、蛾の大怪獣。
しかし、以前現れたものよりもより羽根が大きく、毒々し気な鱗粉を周囲に撒き散らしていた。
名づけるとするならば、“宇宙超大怪獣リベンジムルロア”、と呼ばれるだろう。
何十年も平和だった地球に突如訪れた未曾有の脅威。その圧倒的な存在感は、地面を震わせ、空を裂き、人々の心に恐怖を刻んだ。
店をすぐに出ると、既に視界の全ては暗黒の霧に覆われており、ただ道を確保するので精一杯だった。

「理奈! 美波!」

一生懸命に、叫ぶように名を呼んでいた時、健一の目に映ったのは、ムルロアの足元で立ち尽くす二つの影――彼の妻と娘だった。
薄っすらと闇の中で見える車は既に、巨大な塔のような足に踏みつぶされ、爆風すら巻き上げていた。

「待ってろ! 今行くぞ!」

健一の叫びは風にかき消される。彼の体は無意識に駆け出していた。

「健一くん! 待て!」
光太郎がその肩を掴む。しかし、振り返った健一の目は、鋼の決意を宿していた。

「光太郎さん……!」

健一は声を震わせながらもはっきりと口にした。

「あなたは一人の人間としての勇気をかつて僕に見せてくれました。今度は、一人の人間、いや、父親としての勇気を出す時です。どうか止めないでください!」

その言葉に光太郎は一瞬ためらった。
老いた体で怪獣に立ち向かうという無謀さが頭をよぎる。しかし、同時に、かつての自分自身――ウルトラマンタロウとして、何度も命を賭けた記憶が胸を突いた。
そして、あの日少年だった彼に、投げかけた言葉を。その意味を。

「わかった……だが、無茶はするな!」

光太郎は健一の背中を見送りながら、何かを胸に決意したように目を閉じた。

健一はがむしゃらに走り出した。ムルロアの巨大な影の下、瓦礫が散乱する地面をかき分けながら進む。その目はただ、家族を守るという一心で輝いていた。

妻と娘の元にたどり着いた時、ムルロアの巨大な脚がゆっくりと持ち上がった。その影が迫る中、健一は二人を抱きしめ、命を賭けて守る覚悟を決めた。

――その瞬間。

ーーーー

光太郎は願った。

もう一度だけで良い。
もう一度だけ、力が欲しい。
そう願った時。
何かが、闇の中で煌めいた。
白い光だ。
――――懐かしい、温かな光を思い出し、それを握って呟く。
「――――ありがとう!」


刹那。
空に光が走った。
どこからともなく響き渡る声。
それは、50年前と何も変わらない力強さで二人を包み込んだ。
「タロウ……!」
光太郎が叫び、彼の目に眩い光が宿る。

深紅の体が宙を舞い、白銀の流星となってムルロアの首を蹴る。
怯んだ瞬間、再び反転し蹴りを何度も浴びせると、ムルロアの体は後ろに倒れていった。
土煙を上げながら、闇の中で。

「ウルトラマンタロウ……」
「うそ、アレが!」

巻き起こった赤い火は、かの姿を如実に映し出していた。
深紅と白銀、煌びやかなプロテクターを肩に提げ、二本の角を携えた姿を。
タロウは後ろに素早く振り向き、頷く。
”今の内に、逃げろ”というように。

その意味を汲み取り、健一は娘を抱いて走る。
暗くなった今、建物の中を通り過ぎ、路地裏を抜けるようにしたほうが安全だと踏みながら。

タロウがムルロアの腹に拳を連続で打ち出すと、ムルロアは口から白い液体を吐き出すが、それを宙返りで回避すると、高層ビルが一瞬にして溶解していく。
――――かつて戦った相手と同じなら。

タロウは両腕をY字型に開き、ストリウムエネルギーによって宙に浮くと、徐々に竜巻の様に雲を巻き込んでいく。
”タロウスパウト”。
暗雲を巻き込んだ竜巻は、やがて黒い一つの柱となり―――空は、元の彩を取り戻していった。

日光に当てられ、ムルロアがもがき、羽の隙間から再び霧を噴き出させようとすると、その隙を逃さずタロウは片手を拳に、片手を平手に交差させ、エネルギーを全集中させる。
すると、T印を描いたその手から虹色の光線がムルロアの羽根を貫いていった。
”ストリウム光線”――自身の得意とする光線である。
それを受けてなお、ムルロアは羽根が燃え、霧が出せなくなっただけで健在だった。
両腕を上下左右に揺らし、悶えるムルロアに、タロウは片手を突き出し、首を揺らす。

”これ以上、暴れるのは止せ”と。
ムルロアは、それを口からの硫酸によって返し、タロウは片腕の黄金の腕輪を外し、巨大化させるとムルロアの口へと放りなげる。
すると、ムルロアの嘴を封じるように収縮し、慌てふためきだす。

そして、ムルロアの体を持ち上げ―――宇宙へと飛び去って行った。

ーーーー

タロウは、無抵抗になったムルロアに対してキングブレスレットを外し、再び上に掲げた。
これ以上、この歪になってしまった体で、自分も、周りも傷つける事が無いように。
――――かつて、その強大さ故に、自身が未熟故、倒す事しかできなかったムルロアだが、今は救う事が出来る。
なら、助けてやらなければ。
ムルロアに”リライブ光線”を浴びせると、徐々にその姿は煙と共に縮んでいき、やがて一匹の蛾に変化していった。
蛾は、鱗粉を巻きながら、タロウの前を横切って行った。
これ以上、怪獣も、ウルトラマンも互いに力を振るう事が無いように。
そう切に願いながら、タロウはその場を飛び出って行った。
ーーー

 一方、地球では既に時間は夜となっていた。
 星空瞬く、そんな夜だ。

「あの星の中に、ウルトラマンは今でも居るんだろうか。今でも、見えるんだろうか」

 リビングの窓から星空を眺めひとりごち、健一は、ソファで静かに眠っている妻と娘を見て言う。

「疲れたよな」

 二人の頭を撫でつつ、静かに微笑み決意を改める。
 ウルトラマンが居なくとも、絶対に今度こそ守り抜いてやる。
 対抗心にも似た、かつての約束の再宣言だった。


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