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優しい独り言

九州南部巡り旅⑤ (最終回)



 巡り旅を締めくくるのは最終目的地、宮崎。
南国の青い海と輝く太陽。年間降水量が少なく、一年を通じて温暖。プロ野球の春季キャンプ地。星飛雄馬が日高美奈に告白した夜の日南海岸…。
いろいろなことが思い浮かんでくる。
美しい景色ばかりではない。この気候の良さが宮崎牛というブランド牛を生み出した。

ブランド牛は但馬牛や飛騨牛、米沢牛、前沢牛、仙台牛など様々。今は東京以外46道府県全てにご当地ブランド牛が存在し、銘柄数は200以上。その中でも近江牛、松阪牛、神戸牛が日本三大和牛と呼ばれているのはご存知の通り。そして現在、全国各地のブランド牛は、宮崎や鹿児島、熊本など南九州産の種牛や素牛から飼育することが多い。

特に宮崎県は太平洋に面し、南北400kmにおよぶ海岸線を有し、太平洋を流れる温かい黒潮と冷たい北風を遮る九州山地が、年間を通じて宮崎県に温暖な気候をもたらしている。この条件が良質な種牛や素牛を育てる要因となっている。この気候は豚や鶏の成育にも適しているため、宮崎はそれらの生産高も全国ベスト5に入るほど。

牛の話ばかりしたが、実は今回旅先の宮崎で食べたのは牛ではなく鶏。
名物の「チキン南蛮」は衝撃的とも言える味。これまで食べたものとは明らかに次元が違う。旨味といい、柔らかさといい、 過去に食べた鶏肉という概念を超えていた。今まで食べていたものはいったい何だったんだ?と思うほど。

ネットで調べると次のような文面が出てきた。

宮崎県民が宮崎グルメをおすすめする際に、真っ先に名前があがるのが「チキン南蛮」。宮崎県民が県外でチキン南蛮を注文すると、ほぼ別物がでてきて、注文したことを後悔するケースがほとんど。だからこそ、宮崎を訪れた人には本場のチキン南蛮を食べて欲しくなるんです。

アルノバ

なるほど。やはりそういうことだったんだ。
確かに一度この味を知ってしまうと、もはや宮崎以外ではチキン南蛮を食べれそうもない。

宿泊したホテルのフロントで紹介してもらった
宮崎駅ビル内「らくい」のチキン南蛮。
店によって個性がかなり違うようだ。
この店の名物、無農薬の藁で焼き上げる 宮崎近海獲れの「かつおのタタキ」。
藁の炎は火力が強く、燃え上がる炎の中で焼くことにより、
素材の表面を瞬時にムラなく焼き上げ、旨みを閉じ込めるとのこと。
醤油ではなく自然塩と薬味のみ。
これもまた極上の一品。


宮崎名物「冷や汁」
南国ムードあふれる宮崎駅前ロータリー
(以上スマホ写真)



さて、青い海と輝く太陽を見るのに相応しい場所はどこかと調べると、やはり「日南海岸」。ここにはイースター島公認のモアイ像が並んでいたりもする。これは興味津々。
ところが前日鹿児島から向かおうとしたところ、道すがら渋滞に巻き込まれ、思いがけない時間ロス。日南海岸を途中で諦め、翌日、宮崎北部の海に行くことに予定変更することに。
このため鹿児島から宮崎へのルートは、山道やくねくねした農道を長く走り続けることとなったのだが、小さな町を取り囲む山々もまた美しく、この地域の奥深い魅力を堪能することができた。




翌日、今回の旅の最後に、宮崎の絶景スポットに立ち寄ることにした。
宮崎駅前のホテルを出発して、いつも通りナビが指示する道をわざとに外れて、まずは宮崎市街地海岸を目指す。するとすぐに真っ直ぐに伸びる広い海岸通りに出た。南国宮崎らしい風景が続く。途中パーキングで降りて海岸まで歩いてみた。

宮崎の海は大きい。
今回の旅で太平洋側は北海道から九州まですべて廻ったことになるが、同じ海なのに何故か広く見える。
青い空、明るい日差し、黒潮の流れ、透明な海水。
そういった陽性の要素が重なり合って広々として見えるのもしれない。科学的な根拠はないので、あくまでも心理的影響による錯覚だ。

若い釣り人たちが砂浜で会話している声が耳に入ってきた。
「宮崎に来たからには絶対チキン南蛮は食べないと。名物なんだって。」
そうそう、美味かったよ。




宮崎から北に向かうと、日向市に入ってからは砂浜がなくなり、断崖が続く海岸となる。この辺りは日豊海岸国定公園となり、大分県中部までの約120㎞におよぶ複雑なリアス式海岸が発達している。
この中の日向岬にある「馬ヶ背展望所」という所に立ち寄ってみた。
リアス式の入り組んだ岩場の一つがちょうど馬の背に似て海に向かってせり出している。つまり両側は断崖絶壁。その上に細い遊歩道を作り、行き止まりが海に突き出た狭い展望所となっていた。




この展望所まで行ったとき、そこに若い母親と幼い男の子を抱いた父親の3人家族が立っていた。
母親が3人そろった記念写真を撮ろうとして、海をバックにスマホを持った手を前に突き出しているところだった。
明るい日差しがスマホの画面に写り込んでいるために、構図がなかなか決められそうにない様子だった。
「撮りましょうか?」と私は声をかけた。

観光地ではよく見知らぬ人から撮ってくれと頼まれたり、こちらから申し出たりということがよくあることだ。
ところがその母親が小さい声で意外な返事を返してきた。

「優しい…。」

しかもそれを2回繰り返した。
今までは大抵「あっ、すみません」とか「お願いします」というごく一般的な返事だけで終わるのが普通だったが、この「優しい」という言葉は今まで聞いたことがない受け答えだった。少々驚いた。

しかしそれは私に向かって言った言葉というよりも、独り言のような小さな声のつぶやきだった。

角度を変えて3ショット撮りスマホを返すと、すぐにこの親子は撮ったばかりの写真を見て喜んでいた。
彼らと別れた後、先ほどの言葉を反芻しながら目の前に広がる青い海を眺め、旅を振り返る。

今回の長崎、鹿児島、宮崎、そして途中少し立ち寄った熊本の旅では、どの地域においても心優しい人との出会いが多かった。
その優しさは訪問客への社交辞令的な配慮ではなく、その人自身の内面から溢れる香りのようなものであり、そこに意志の強さも見え隠れするようなものだった。

そうした出会いの旅の最終地点であるこの小さな岬の突端で、最後に「優しい」という言葉を聞いたのは決して偶然ではないだろう。
その母親は、自分と共鳴する姿をそこに見出したからこそ、自己の中心から湧き上がる言葉を咄嗟に独り言のように呟いたのだと思う。
それはこの地に生きる人々の心の中に伝統として息づいている。

「私たちは心の優しさを大切に生きています。」

それは広い海に向かって解き放たれた宣言のようにも聞こえた。
日本はまだまだ力強く、奥が深い。



宮崎市 ひむか神話街道と一ツ葉浜







日向市 馬ヶ背展望所






















九州南部巡り旅 終

長く拙い文章と多すぎる写真に最後までお付き合いくださり
誠にありがとうございました






WONG WING TSAN
さとわの夢


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